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真皇帝物語
7

「……生きてた…あの炎の中で…?」

思わず感嘆の呟きを漏らしたアルベラとは対称的に、隣で憤っていた少年は瞬時に駆け寄った。

「おいっ、大丈夫か? 肩に火傷でもしたのか。見せてみろよ」

「…火傷などしていない、炎は全て防いだ。これはただ古傷が疼いただけだ…」

そう言われてみると、確かに火傷どころか服の焼け焦げすら見当たらない。たった今炎を吹き飛ばしてみせた風にしろ、頭目を貫いた氷の槍にしろ、この少年も魔法の類を使えるようだ。

「…くっ……」

秀麗な顔に歪みが走った。古傷と言っていたが、未だにかなり痛がっているように見える。

「本当に大丈夫かよ。意地張らずに見せてみろって」

「…いい。見せたところでどうにかなるようなものではない」

「いいから」

なおも食い下がると、渋々ながらも左肩から手が離れていった。
首元から包帯だと思われるものが覗き、広い範囲に血が滲んでいる。古傷というよりは、ごく最近受けた傷のようだった。

「…お前、やせ我慢してたろ。この血の量だと、結構深いぜ」

「うるさい…貴様には関係のないことだ。私に構うな」

「構うって。待ってろ、今俺が…」

少年が言い差したその時、何処からかひどく冷たい風が吹きつけた。
同時に、血相を変えた様子でアルベラが叫ぶ。

「そこから離れなさいボーヤ!」

「え…?」

言われたことの意味が分からず呆然としていると、足元がピキピキと音をたてて凍り始める。
次いで小さな舌打ちがすぐ近くで聞こえたかと思うと、傷を負っていた少年に突き飛ばされた。

「…って!」

足元に気をとられていたため咄嗟に何の対応もできず、無様に地面に寝転がる形になる。
そこへ、よく響く低い声が降ってきた。

「こやつに近づくな小僧」

威厳に満ちた声音を聞いて跳ね起きる。
見ると、ついさっきまで自分がいた場所に氷塊が生成されていた。だが、そのすぐ隣にいる少年には何の影響もない。
そして氷塊の上には、小さな生き物が立っていた。それを目にしてぽつりと呟く。

「……とかげ?」

小さな生き物は激怒した。

「貴様の目は節穴かそれでも前が見えているのか! 我の背に生えたこの立派で雄大な翼が見えぬと、見えぬというのか! ええい凍りづけなど生温い、かくなる上は我が直々にこの爪で引き裂いてくれようぞ!」

牙を剥き、翼を羽ばたかせていきり立つその生き物はもちろん蜥蜴などではなく、暗い色合いの青か鮮やかな紺かといった身体に、宝石のように透き通る紅の瞳を持った竜だった。
前後合わせて四本の足があるが、後ろ足は直立するのに適しているようで前足よりも幾分太い。前足は足というより腕といった方が良さそうだ。使用する気満々で空を裂いている白い爪は長く鋭く、体長よりも長いと思われる尻尾はぴしぴしと氷塊をはたいている。
本人、ではなく本竜曰く立派で雄大な翼は確かに大きく、広げれば身体と同等の大きさになるだろう。翼の内側は他の部分のように濃色ではなく、例えるならば青く晴れ渡る蒼穹の色をしている。

「蒼竜……」

「そーりゅー?」

アルベラが呟き、少年が聞き返す。

「なんだそれ。とかげじゃねーのかよ」

「違うわよあれどう見たってとかげじゃないでしょ。竜族の幻獣の一種よ。竜族ってだけでも十分珍しいのに、まさか蒼竜をこんなところで見られるなんて…」

「……ふーん…」

感じ入っている様子のアルベラだが、少年はいまいちピンと来ない様子だった。
それもそのはず、彼の目の前では幻獣が云々なんて厳格そうな印象をぶっこわす勢いで舌戦が繰り広げられていた。

「ええい離せ離さんかっ。あの小僧めに一撃食らわしてやらねば我の気が済まん! それに加えてあの訳の分からん男、我のことを『あれ』呼ばわりしたのだぞ。許しておけん、我が制裁を下してやるから覚悟するがいい!」

「落ち着いてくれ。知らなかったのだからしょうがないだろう。そんなに憤慨してばかりいると狭量だと思われるぞ」

「やかましいっ。矜持を傷つけられて黙っていられるか! だいたい貴様どっちの味方だ。我が冷気で凍らせてやろうとしたのに、あの小僧を助けただろうっ」

「むやみに人を凍らせるものではない。彼に害意はなかったのだから、小さい氷塊をぶつけて怯ませる程度で良かっただろう。冷気を操るくせに沸点が低いぞレイガ」

「貴様本当にどっちの味方だーっ!」

牙を剥いた蒼竜が吠える。
アルベラは興味津々でその様子を観察していたが、少年は絶句してその仁義なき戦いを聞いていた。
竜というからには長命なのだろうが、蒼竜とはこんなに狭量なのだろうか。年齢を重ねているなら懐も深くなるはずだと思うのだが。そしてフォローを続ける少年は、言うことが微妙にズレている上に一言多い。宥めたいのか焚きつけたいのかどっちなのだろうか。


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あきゅろす。
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