真皇帝物語
6
幾分華奢に近い体つきに、何かの儀式に用いるような古代風の衣裳を纏っている。高雅な雰囲気をもつ衣裳だが決して派手ではなく、身体の動きを阻害しないそれはむしろ質素といえるだろう。後ろ腰には短剣の鞘のみが提げられており、その本体は真っ直ぐ頭目へと向いている。
(なんか…きれーなやつだな…)
腹から血を流した男を目前にしている状況で、少年はふとそう思った。
繊細で秀麗な顔立ちに、深く静かな水面を思わせる瑠璃を湛えた瞳。そして、冷たく透き通る氷のような色素の薄い髪はうなじの辺りで一つに括られ、肩を越すか否かという位置で風に揺れている。癖が強いのか、緩い放物線を描くそれは、全体の大人びた雰囲気の中で一箇所だけ幼く見えた。
「こ…のっ、がき…!」
「………っ!」
頭目が動きを取り戻した。腹に突き刺さった氷の槍を無造作に抜き捨てると、未だ激しく燃え続ける大剣を掲げる。
「なんだか知らねぇが…っ、俺の楽しみを邪魔してんじゃねぇぞ…」
負傷しつつも膝をつくことなく、表情を憎悪に歪めたまま得体の知れない敵に向かって重い歩みを進めていく。
対峙している正体不明の少年は、恐れを抱くどころか表情一つ変えずに言い放った。
「戯れ事を。真剣勝負なのだろうとしばらく見物していたが、『それ』は貴様の楽しみとやらに使っていいような気安いものではない。今すぐ剣を納め、おとなしくその炎を封じられてくれるというなら私が貴様を手にかけることはないが」
「……ざけんなよ…。てめぇなんぞに殺されてやるほど、俺は甘くねぇ。おとなしくすんのは…てめぇの方だぁ!」
出血が酷くなるにも関わらず怒号をあげると、頭目は焔の刃を大地に突き立てた。
対峙している少年の足元が震え、次に起こることを予期した彼はその場から飛びのく。しかし、その回避行動はほとんど意味を成さなかった。
空中で何かを察した少年が目を見開いた、その刹那。
「なっ……!」
成り行きを呆然と見守っていた少年は思わず驚愕の声をあげる。
先ほどあがった火柱とは比較にならないほどの巨大な炎柱が立ち昇った。天を衝くほどに燃え上がる炎は獲物の身体を包み、その範囲内にあった草木も巻き込んで全てを灰燼に帰す。炎の清烈な光が大地を照らす中、邪な嘲笑が響き渡った。
「……くっそ!」
少年は剣の柄を強く握りしめる。さっきのやつはどうなったんだ。あんな炎に焼かれて、無事なはずがない。自分がとっととあの男にとどめを刺してさえおけば。
ぎり…と奥歯を噛みしめると、少年は感情に身を任せて駆け出した。
「…いい加減にしろよ、おっさん!」
構えた剣を鋭く突き入れる。大剣も素早い動きも封じられていた頭目は、心の臓を貫かれて絶命したかと思われた。しかし。
「ぐっ!? …ぅあっ…!」
剛腕が少年の首に伸び、死ぬ間際の残力で締め付ける。残力といえど、元が怪力だったそれは人を殺すに十分な力だった。
「お前…もっ、…ここで…俺と果てろ…そうすりゃ…地獄で…たの…しめる…」
「…うっ…くぁ……あ…!」
万力のような極太の指が首にくい込む。容赦なく締め上げられて、少年は徐々に意識が遠退いていった。
「―――うちの団員に何してんだよ」
聞き覚えのある声が耳を掠める。それと同時に、首を掴んでいた手が離れていくのを感じた。
「失せろブ男!」
声の主は辛辣な一言と共に頭目の身体に掌底を叩き込んだ。渾身の一撃だったが軽く吹き飛ぶに収まった頭目は、とうとう完全に絶命した。
「はぁっ…はぁっ……はぁ…」
「あの程度の顔でボーヤに手を出そうなんていーい度胸だわ。……っていうか手ぇ痛っ」
「…はぁ……アルベラ…さん…」
「で、やっと念願の空気にありついてるとこ悪いんだけど、あそこの火柱について説明してもらえるかしら」
「火柱…? …っ、そうだあいつ!」
地に手をついて荒い呼吸を繰り返していた少年は、立ち上がるなり即座に駆け出した。
それを見送ったアルベラは、視線をついと頭目に移す。
「……馬鹿なやつね…」
目を細めて呟くと、亡骸に背を向けて少年の後を追った。
主が死んだというのに、炎は衰えることなく燃え続けていた。熱気が押し寄せてくるために一定の距離以上は近づけず、もどかしさを感じて少年は叫んだ。
「ちっくしょう! 収まれよこのバカ火柱! このままじゃあいつが…っ」
「あいつ…?」
「誰かは分かんねーけど、俺を助けてくれたんだよ!」
「……そう。でも残念だけど、これじゃ絶対生きてないわ。盛大に火そ…」
アルベラが皆まで言う前に、火柱に変化が起こった。根本の部分が大きくたわみ、弾けるようにして炎が吹き飛ぶ。上部の炎もそれに合わせて弾け、細かな火の粉となって霧散した。
火柱のあった中心部から、冷たく清浄な風が吹きつける。そしてそこには、左肩を押さえて膝をついた一人の少年がいた。
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