ーー843年 その日ウォール・マリア シガンシナ区は、珍しく豪雨に襲われていた。 「なんだよ、朝はあんなに晴れてたのによ…。」 「アハハ、仕方ないよ。 急に降ってこられたんじゃ、僕らにはどうしようもない。」 ある大木で雨宿りをする二人の少年がいた。 髪から滴る水滴をそのままに、翡翠の瞳でどしゃ降りの空を睨み付ける黒髪の少年と苦笑いしながらその少年を宥めている金髪の少年。 「…折角今日はアルミンが外の世界の本を持ってきたってのに……。」 「天気には逆らえないよエレン。 残念だけどまた今度にしよう。」 エレンがここまで不機嫌になるのも仕方ないだろう。 何を隠そう今日はアルミンが祖父に内緒で持ち出した外の世界の本を見せてくれる日だったのだから。 約100年前…突然現れた人類の天敵、巨人によって人類は滅亡の淵に立たされた。 生き残った人類は巨人の驚異から逃げるべく、マリア、ローゼ、シーナの三つの壁を築き壁内で今日までの平和を手にいれた。 その為か、王政は壁内の人間達に壁外への興味を抱くことをご法度としたのだ。 本来持ち出すのも危険なそれ、見つかれば問答無用で憲兵団によって処罰されるだろう。 その事を危惧したアルミンは、エレンと持ち出す日取りを決め、誰にも見つからないように注意してきたのだが… ーーザアァァァ…… 威力が強くなっている気がしなくもない雨に折角の楽しみを邪魔されたのだ。 機嫌を直せというのも無理な話だろう。 「…………?なんだ?」 「え?何が?」 ふと、エレンは一点を見つめたまま動かなくなった。 アルミンも同じところに視線をやるが、雨のせいで些か視界が悪い。 その時、今にも消えてしまいそうなソレが耳に届いた。 ーーゥ、…………クゥゥ………ク…。 ー…………?鳴き声? 「あっ!エレン!!」 突然茂みに向かって走り出したエレン。 アルミンも慌てて追いかける、雨に濡れるのはもはや仕方ない。 「エレン!急にどうし…」 「アルミン……これ、生きてる……のか?」 「え?………っ!!」 アルミンは自分の目を疑った。 親友が抱えている[それ]は、生き物と読んで良いのかすら危うかったのだ。 [それ]はエレンの両手に収まる大きさだったが、正しく、異形と呼ぶにふさわしかった。 端から見れば[それ]は銀色の泥のようなものだが、まるで[生]を主張するかのように止めどなく動き続けていた。 つるつるとした表面が水のように波打ち、複数の針を出現させ、途端に風になびく草のように左右に揺らめく。 魚のような鱗をまとったかと思えば、次の瞬間羽毛になり、やがて犬猫のようなフサフサの毛に落ち着く。 まるで、何十億年とかかる生命の進化をものの数秒で行っているかのような[それ]に二人はしばらく言葉も出ないまま魅入っていた。 |