結論から言えばアルミンの提案は正しかった。 [それ]はいまだ生命維持に徹しているのか、形状に変化はない。 故に巣穴から逃げ出すこともなかった。 お陰でエレンとアルミンは外の世界の本を読む以外に、新しい楽しみが増えた。 毎日と言ってもいい程[それ]の元に訪れては成長したらどんな姿になるのかを語り合っては一日を過ごしていた。 「…エレン、最近本当に楽しそうだな。」 「え?そう?」 「そうそう、母さんも不思議に思ってたんだよ。 帰ってきてもソワソワして、次の日になったら待ちわびたように家を飛び出して。」 ーソワソワしてる時のあんたの顔と言ったら……。 そう言ってクスクス笑う母カルラを、少し赤くなった顔で睨み付けたエレン。 勿論迫力なんてものはない。 ー……ってか俺、そんなに分かりやすく顔に出してたのか? 思わず自分の頬に手を添えてしまうエレン。 それを見てカルラだけでなく、今度は父グリシャまで笑い出す。 「二人ともいつまで笑ってんだよ!!」 「フフ…イヤすまない。 それで?実際のところはどうなんだ?何か面白いものでも見つけたのか?」 「……」 …正直エレンはどう答えるか迷っていた。 母が言うには自分は嘘をついたとき耳が赤くなるらしい。もし下手なことを言って耳が赤くなったりでもしたら間違いなく問いただされてしまうだろう。 別に悪いことをしているわけではないのだが、アルミンとの約束もあり、笑われたことを怒っていると言う風に夕食であるパンにかぶりつくことによって質問に答えるのを拒否した。 ーー 夜も深まり星が輝く頃、[それ]は気配を感じた。 己の元に来てはいつも明るい声で語りかけてくれる二つの気配とは違う。 ーガリッ!ガリ……ジャリ! 己の巣穴を広げようとする人間とは違う手。 やがてソレは月明かりに照らされ、姿を露にした。 現れたのは一匹の犬。 汚れた毛並みからして、野良犬であろう。 [それ]に目という器官はないが、己の細胞すべてで人間以外の生物を感じ、観察した。 人間と違って物を掴めなさそうだが、人間よりも優れているだろう五感。 バランスのとれた四肢。 人間よりも速く動けるだろう骨格。 まさに、[それ]が求めていた体(カタチ)だった。 犬は[それ]を巣穴から掻き出し様子をうかがった。 犬も今まで見たこともない獲物に一瞬戸惑ったが、空腹には勝てないのか[それ]を捕食し始めた。 元々子供の両手に収まる[それ]はあっという間に姿を消し、犬は一時の空腹を免れることができて満足そうだが、それは間違いだった。 ーーそして捕食は始まった。 「……っ…?」 [それ]は犬の体内で液状に変化し、全身に回り、内側から溶かすように犬を捕食し始めた。 「……!!ッワン!ワン!!」 臓器の種類、機能、配置。 骨格、筋肉、五感を司る器官を[それ]は捕食しながら理解していく。 「ワグッ……!!ワフ!………ッ!…ギャウ……」 やがて犬は地面に崩れ落ち、腹から陥没し、溶けるように消えていった。 血溜まりの中から[それ]は体(カタチ)を成しながら出てきた。 [それ]は瞼を上げる。 目という器官を形成する細胞はその世界を鮮明に写し、司令細胞群[コア]へと伝達される。 [それ]は捕食した犬よりも二回りほど小さい、恐らく未だにエレンの両手に収まる程だろうが、以前よりも捕食しやすい体[カタチ]を手にいれたのだ。 これから捕食してさらに強い体[カタチ]を作り出していけばいい。 [それ]に脳という器官はないが、[それ]を構成している細胞すべてはそう結論付けた。 「…………」 [それ]はすぐにでも捕食するためにその場を離れようとしたが、不意に、いつも己に明るい声で語りかけてくれた二つの気配を思い出す。 [それ]は巣穴に戻り、眠りについた。 ……特に何かを思って留まったわけではない。 ただ[それ]の細胞は他の[それ]と同じような存在である細胞よりも好奇心というものがあった。 それだけだろう……。 |