SIDE 戒斗 「気に入らないな」 「戒斗?」 ボソッとつぶやいた戒斗の声を聞いたのは共に接近戦をしているシオンだけだ。 何言ってんだコイツ……と、いうような視線を戒斗に向けるが、気づいているのかいないのか――ほぼ100%の確立で前者だとシオンは思っている――戒斗は無言で鎧武者を見つめたままだ。 だが、何を思ったのか構えていた紅蓮を鞘に戻した。 「戒斗さん!?」 「いったい何を……」 流石に後衛の二人にも、戒斗のおかしな行動に気がつき声をかける。戒斗は気にした様子も無くコートの内ポケットへと手を伸ばす。 「お前ごときが……俺の故郷の武具を使うなんて……」 武器を持ってない戒斗へと鎧武者は目標を変え突っ込んで来た。日本刀を大きく振りかぶり戒斗めがけて振り下ろす。 「気に入らない……死んで詫びろ」 鎧武者の刀が振り下ろされるより早く、戒斗はポケットの中にあった札を鎧へと貼り付ける。ミシミシとヒビが入る音が他の三人にも聞こえた。 よく見ると戒斗が貼り付けた札を中心に鎧へと亀裂が入っている。 「いけ、シオン」 戒斗の声に我に返ったシオンは鎧武者へと向かい走り出した。思っていた以上に多くの傷を受けていたのか足が重く前へと出すたびに激痛が走る。だが、シオンはここで止めるわけには行かない。 「オラァァァ!」 大声を上げ自分を叱咤しながら鎧の亀裂の中央部へとアルヴァイオを突き刺す。パキ……パキッ……と、亀裂は鎧全体へと広がっていく。 シオンはアルヴァイオを引き抜き鎧武者から離れる。戒斗も同じように距離をとった。 「やったね、シオ姉。今度こそ僕達の勝ちだよ」 リオンが笑顔でシオンへと駆け寄る。シオンは「そうだな」とそっけなく返事をすると、鎧武者を見た。 あんなに自分達が苦労した鎧を札一枚でいとも簡単にひびを入れることができた。初めて見た日本の術リオンの使う魔術とはまた違った、その術にどれだけ通用するのか試したくなった。 「危ない! みんな私の作る結界の中に!」 鎧武者の異変に一番先に気がついたエリックが結界をはり全員がその中へと入った。鎧武者は何やら奇妙な動きで日本刀を振り回している。 やがてその日本刀は空を切りペンタクル(五つ角の星型)を描き始めたか思えば、空間がさけてその中へと周りの瓦礫や残骸を巻き込みながら吸い込まれていく。 「これは……」 「戒斗、結界から出るな! 巻き込まれたらどうなるかわからない!」 一番前へとやって来た戒斗へとエリックは忠告する。そして空間の裂け目を睨むように凝視する。空間を切り裂くなど聞いたことがない。 もしかしたらエリックが知らないだけで強大な力を持つ、他の種族にはそういったことができる者もいるかもしれないが鎧武者はそういった種族とはまったく違うように思えた。彼――もしかしたら彼女――からはアルタイルの匂いがしないのだ。 空族であるエリックよりもこういった匂いというのは陸族の方が敏感なのだが、エリックにもわかるぐらい鎧武者はまったくアルタイルの匂い持っていない。 アルタイルは四つの区域に分かれている。エリックとてすべての区域へ行ったことがあるわけでもないが、中枢にある「アクシスアーク」や区域をつなぐ「アビス・ガガーブ」の力は、四つの区域に空気として溶け込みアルタイルの住人に共通なものになっている。 エリック達獣人はそれを匂いと呼んでいるのだ。 アルタイルの住人が少なくとも必ず持っているはずの匂いを鎧武者からは感じないのだ。 (いったい……この鎧武者は何だ) 周りを巻き込むだけ巻き込んだ後、空間の裂け目は消えた。無事に地面が残っているのはエリックの結界が張られた場所のみ。それ以外の場所は30センチメートルほど地面が抉られ、建物のあった形跡が全くないまっさらな地面が出来上がっていた。 「おさまったみたいだな」 「うっわぁ〜、これまた、すっごく綺麗になっちゃったね」 エリックが結界をとくとリオンが一段低くなった地面に足をつける。どれくらいの範囲が削られたのかわからないが建物がだいぶ遠くに見える。 「まるでクレーターができたみたいだ」 シオンもしげしげとあたりを見回した。 「何だったんだろ……あの鎧武者」 ポツリとリオンが呟くと全員がリオンの方を向いた。 「私の知る限りアルタイルの住人ではない」 「日本の幽霊でもない。奴等は日本から出てこないからな」 「結局、わかったのはアイツがやばい奴だってことだけかよ」 はぁ、と多少いらだち気にシオンがため息をつきながら座り込む。すると急に足が痛み出した。今までそれどころじゃなく気にしていなかったが、一度気が抜けたら痛みが止まらない。 しかし、ようやく安堵の息をついた仲間に心配をかけるわけにもいかず―――もちろん、シオン自身の性格からしても素直に痛いとは言えない―――黙ることにした。 「もう日が沈むな、帰るぞ」 戒斗に言われ、空を見上げれば太陽が西へと傾いてきている。このままでは夜になっても家へつけるかも分からない。 「帰るって……戒斗さんの家だって壊れちゃったんじゃ…」 虫による街全体の混乱に加え、あの鎧武者は所構わず破壊活動を行っていた。すでに壊されている可能性のほうが高い。 「地面より上だけなら、壊れていようが構わない」 さも当たり前のように言う戒斗に三人は驚くが、一度地下道を使ったことがある双子にとってはすぐに納得がいった。 「うん、もう僕あの家に何があっても驚かないよ」 「戒斗の家はそんなに凄いのか? 普通の家にしか見えなかったが……」 「行けば分かる」 一見は百聞にしかず。あの家の構造は口で説明するより見たほうが早いと戒斗は判断したのだ。 |