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>>02

SIDE:戒斗



夕食を食べ終えたら大体俺は自室に戻る。今日も例外ではなく部屋で紅蓮の手入れをしていると控えめにノックする音が聞こえた。

「開いている」

控えめに扉を開けて入ってきたのは珍しい相手、エリックだった。しかも、夕方のことを気にしているのか髪はまだ下ろしたままだ。

「すまない、寝ていただろうか……」

「いや、紅蓮の手入れをしていた。といってもこいつは手入れしなくとも大丈夫だが、子供の頃からの癖でな。……何かあったのか、お前がこんな時間に来るなんて珍しい」

今は、丁度夜中の23時を半分ほど過ぎてもうすぐ日を越してしまう。いつものこいつなら相手を気遣って、まずやって来ない時間。
それを自分でも理解しているのかこいつは苦笑しながら手にしていた酒瓶を俺に見せた。

「酒を飲まないか? アルタイルの酒で悪いが……」

「構わん、異界の酒にも興味はある。適当に腰を掛けてろ」

エリックから酒瓶を預かると棚からグラスを二つ取り出す。そしてグラスに並々と酒を注ぐ。その間、物珍しそうに部屋を見渡していた。

「別に珍しいものなんてないだろ。ほら」

エリックと向き直るように椅子に腰掛けるとグラスの一つを差し出す。それをありがとう、と礼を言って受け取とった。

「いや、他人の部屋は物珍しい。そうだな、出会いにリオール」

そう言って、こいつはグラスを前へ掲げた。その動作になんとなく乾杯の合図と予測し同じようにグラスを掲げ、中の酒を口に含んだ。
こいつが持ってきたのはワイン系統のようで口にワインのような風味が広がった。

「エリック、リオールってなんだ……しかし甘いな」

「リオールは私達の言葉で『乾杯』を表している。どうやら私達の酒は戒斗には合わなかったようだな」

向かいに座るエリックはクスクスと笑みを浮かべながら酒を口にしていた。それから俺達は話もそこそこに酒を飲み続けエリックが持ってきた酒を飲み干し、新しく俺の部屋にあった酒に移り始めた。

「なぁ、戒斗。一つ昔話をしよう。いつかどこかで本当に合ったかもしれない、そんな話だ。聞き流してくれても構わない」

エリックは両手でグラスをテーブルへと置き、そのまま下を向いたままポツリとこぼした。そんなエリックに俺は勝手にしろとばかりに酒を飲み続ける。

「……彼は族長の家系に生まれた。」



彼の両親はとても優しく何も不自由しなかった。父親は彼に薬の調合の仕方や様々な知識を教え、母親は風や天候の読みそして料理を彼に教えた。彼はこの幸せは長く続くと思っていた。だが、ある時、その幸せは壊された。

ある日、彼は久しぶりに両親に連れられて実家に戻ってきた。最初は父親も叔父も笑い会っていた。その姿に彼もまた笑みを浮かべていた。父親と母親が腰を上げたので帰るのだと思って彼もそれに習おうとしたが、それは叔父に止められた。
そして父親は彼にあるものを渡すと弟に「息子を頼む」と言って館から出て行った。それを彼はただ呆然と見送っていた。

両親が去ってからは館に月に何度か手紙が贈られてきた、いつしかそれが彼の楽しみになっていた。しかし、そんな手紙もいつしか途絶えた。そして約束の期限でもあったのだろうか、叔父は兄の子を養子として引き取った。

その日から彼には地獄の日々が続いた。叔父は彼を使用人として育てた。それはただの使用人ではなかった。使用人という仮面をかぶった暗殺者。族長である叔父の周りにはそんな使用人しかいない。その為、彼は日々穢れていた。薬を調合していた手は人を殺す感触を覚え、感情を多く語っていた瞳は凍りつき、表情は失った。

数年がたち、彼は人が殺せなくなっていた。それに業をいやした。叔父は彼に地球に赴き始めにあった人間を殺してくるように命じた。だが、だが彼は殺せなかった。やがて、彼を暗殺者たちは”殺せぬ暗殺者”と呼んだ。



エリックは語り終えると酒を一口飲んだ。

「エリック……一つ聞くが、その男はなぜ人を殺さなかったんだ」

返ってくる答えは分かっているがグラスを置き、目の前の男エリックに問いかける。エリックはまさか質問されるとは思っていなかったのか驚きの表情を浮かべていた。

「さぁな、私はその男ではないから……」

「嘘をつくな。その話の男はお前だろう。お前は怖かったんだ。いつ自分が暗殺者だとばれるのか、暗殺者と知った俺が離れていくのか……だから酒の力を借りた。違うか?」

呆然と俺を見ていた。エリックは一つ噴出すと諦めた様に笑った。

「お前には相変わらず適わないな……私が人を殺せなかったのは殺すべきはずだった人間に救われたからだ。地球に行った時やっぱり殺せなくて自害しようと思った。それを獲物だった人間が止めたんだ。どうやって止めたと思う? 殴られたよ“何故、命を粗末にする!!”ってね。その後その人は私を抱きしめて”辛かったな”と頭を撫でてきたから尚更驚いた。だが……正直、嬉しかった。彼みたいな人間もいるんだ、と素直に思った。」

「日本には十人十色って諺があってな。俺たち人間に誰一人、同じ奴はいないのだと。好きも嫌いも、敵も味方も善悪も、人間の数だけ存在する。たとえ“彼”が人間を殺してきた暗殺者だとしても、多くの人間の敵だとしても、俺にとって“彼”が敵になることはない」

柄に無いことを言うのも、こんなに饒舌なのも酒を飲んでいるからだろう。そう、自分に言い聞かせながら、俺はエリックに本心を告げた。奴は俯き小さくありがとうと呟いた。

「エリック、どんどん飲め。酒は人を愉快にさせるからな」

それから俺たちはまた飲み始めた。

「戒斗、お前酒強いな……」

「そうか? お前だって顔色変わってないじゃないか」

先ほどから水のように飲んでいる俺にエリックは信じられないというような表情を浮かべる。

「私はそう訓練されているだけだ……もう酒は結構。これが私の限界だ」

「なんだ、この程度で根をあげるか? お前が誘った以上もう少し付き合え」

そういって笑みを浮かべあいつのグラスに酒を注ぐとあわててエリックは声を上げた。

「戒斗、堪忍してくれ私は酒癖が悪いんだ!」

その言葉に俺は固まった。

「ほぉ、お前は酒癖が悪いのか……意外だな。で、お前は酔うと何をしでかすんだ?」

「別に言わなくてもいいだろ……わ、分かった、言う……私は酔うと……その……キス魔になるらしい」

軽く睨み付けるとアイツは観念したのかしぶしぶといったように下を向き小声で言った。俺の聞き間違いじゃなければキス魔だと……。

「なるほど、だから人前でいつも酒を飲まなかったのか……」

「そうだ。すまないがこの事は内緒にしてくれ……だいぶ長居してしまったな。私はこれで失礼する」

エリックは顔を赤くしながら俺の部屋から慌しく出て行った。



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あきゅろす。
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