SIDE リオン 戒斗がダンバッハ邸ついたその晩、リオンは一人でダンバッハ邸に忍び込んでいた。 やすやすと最奥の宝物庫まで辿り着くとそれをこじ開け中に入る。 そして目的の物を手に取る。 (ワナかな……シオ姉をやっつけた人がいるはずだけど……今まで誰にも会わなかったし) 少し警戒しながらそれを―――紅と蒼で対となっている宝石がはめ込まれた短剣―――を手に入れると、杖で魔方陣を書き呪文の詠唱を始める。 それは、呟くような、歌っているような声だった。 『……我、この地に陣を描く……彼の者をかの地へと誘う。白き道……我描く事にてそれを作らん……彼の者……名をオオトリカイト……かの地……名をエフェリオ聖神殿……全ての魔と異界の始まり』 少しだけゆっくりと杖を持ち上げると最後の一節を言い終わると同時に杖を振り下ろす。 『時と命の神よ……我が姉と彼の者に聖なる地での邂逅を……』 杖は床石とぶつかる軽い音を立てた。そして、ゆっくりと白い光りが周囲を包み始めた。 白い光りは誰にも気づかれずにダンバッハ邸の隅々まで広がりやがてそれは外に漏れ出した。 外に漏れ出したそれは術者以外にも見える濃い霧になっていた。 (これであの人も気付く筈だ……ま、たとえ気が付かなくても勝手に自分から行っちゃうけどね) うっすらと微笑むと魔法陣の本来の用途であるワープを使い外へ出た。 限りなく満月に近いが欠けている事が分る月を背にリオンは立っていた。 今、自分の前に立っているのは一人の男。その手には抜き身の日本刀。 リオンは左手を顎に当て“予想外”の事態、とでも言いたげな表情でその男を見つめ返していた。 「見つかってしまいましたねぇ……」 「……」 男は黙ってこちらを見ている。 「ダンバッハから盗った物は僕が持っています……あなたの仕事はそれを守ることでしたよね?」 男は―――戒斗は相変わらず何も言わない。 「僕としてはシオ姉の方へ行ってくれた方が楽だったんですけど……まぁ、仕方ないですね。貴方は仕事熱心だ」 先刻の“予想外”といった表情から一変しにやにやとした笑みに変わっていた。 「僕を追いますか? 良いですけど……多分、見失うと思いますよ?」 もう一回にこりと笑みを見せると歩き始めた。 ゆうゆうとその隣を通り抜けようとした時、戒斗は初めて動きを見せた。すっと、刀を上げリオンの行く手を塞いだ。 「誰だ? ……シオン、じゃないな?」 今更ながらの問だがリオンは足を止め素直に答えた。 「僕はリオン。ニルヴァーナの副頭、そして僕等は双子ですよ」 だから似てるのは当たり前。前に何度かそれを使って盗みを働いた事もある。 「手配書にはデータは殆ど無かったし……ニルヴァーナのリーダーは男って事になっていますしね。クスクス……シオ姉、結構気にしてたんですよ」 リオンはクスリと小さく笑う。 「俺はあいつの所には行かない……ここで、お前の盗った物を取り返す……」 戒斗は上げた刀を横にして一気に薙いだ。 ブゥン、という剣独特の空を切る音が響いた。 「……!?」 だが、肉を切る手応えを感じる事が出来ず顔を上げると、そこには確かに真っ二つになったリオンが居た。 「フフッ……もう遅いです……貴方はもう僕の幻術に捕われていますよ……いくら僕の“影”を追った所で僕本体辿り着く事は出来ないですよ」 にぃ、と笑うと霞のように霧散する。 その場に残された戒斗にリオンの無情な声だけが響く。 『とりあえず歩く事をお勧めしますよ……どう足掻こうとも姉の下に行き着くはずです……僕はそこに居る……貴方は結局、姉と戦うことになるんですよ……』 リオンに従うのは癪だが自分の仕事を全うするには歩くしかない。 戒斗は刀を収め目的地も定めず歩き始めた。 リオンはエフェリオに近い木に寄りかかり荒い息を吐いていた。 リオンの左の脇腹には明らかに見て取れるほどの大量の血が滲み出ていた。白のローブが血で赤く染まる。 (……まさか……実体まで切るなんて……ほんと予想外だよ……) 脇を抑える手も、既に肌の色が見えないほど血に侵食されている。 (……まだ時間があるけど……早めにいって傷を治そう) リオンは血が出るのもかまわず走る。 ACT.08 仕掛けた、罠 END |