それもまた忘却
「ねえ、名前聞かせてよ?」
そう言って昔の彼と同じ顔をして、同じ声をした男は笑った。
「………」
「あ、ちょっと無視ー?」
『なあ、名前聞かせろよ?』
その笑顔に。
私は彼を重ねた。
「……、苗字」
「苗字じゃなくて、名前が聞きたいんだけどー?」
止めて。
その顔で笑わないで。
また………錯覚しちゃうじゃないか。
あの頃に戻ったみたいに。
彼と仲が良かったあの頃に戻ったような。
「………―――」
「え?」
「あ、いや………」
私は小さく彼の名前を呟いてたらしい。
聞き返されてハッとした私は慌てて取り繕う。
「名前だっけ?」
「うん、せっかくお隣りさんなんだしさ。仲良くしなきゃね?」
ニコニコと私にそう言った彼に似た隣の席の人に、私は名乗った。
「苗字名前?……良い名前だね」
『苗字名前?良い名前だな』
嗚呼、また被る。
どうしてこんなにも彼と被るの?
忘れたいのに。
壊された楽しい思い出を、忘れたかったのに。
彼に会った事をなかった事にしたかった。なのに―――――
「…名前、」
「ん?」
「…名前、聞かせてよ」
逃避でしかない事は分かってる。
彼に似た顔に彼に似た声。
それをこの人は持ってるから…
私はこの人に彼を重ねる。
彼と過ごした甘い日々を。
再現したくて、こんな事をするのはこの人を傷付けるなんて分かってる。
それでも………
私は、自分の為にこの人―――猿飛佐助を傷付ける。


それもまた忘却
それはとても甘い罠で。

つかの間の夢が見たいの


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!