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フィロソフィジカル
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目の前にいた彼を見上げて初めて、わたしは空が雨を降らしていることに気が付いた。
服が水分を吸って肌にまとわりついているのも構わずに、わたしは彼の問いに答えた。
「な、何をしているように見えずっ、…見える?」
噛んだ。
しかも何か変な答え方になってしまった。いや、これでは答えるどころか相手に質問をする形になってしまっている。
____無理もない、と自分で自分に勝手に言い聞かせてみる。だって何故なら、人と“出会った”のは記憶の中でこれが初めてだし____いや、可笑しな話なんだけれど事実なのだ。それに、こんなにも知らない場所では頼れる人がいないしせっかく声を掛けてきてくれたのだから彼に頼らなくては____そういえば第一印象って大事なんだよねとか訳の分からないことを考えたりしていて____つまり、要約するとわたしは緊張している。
わたしが思考に対して自己完結し終わると同時に、目の前の彼が口を開いた。
「____...家出?かな」
えー、「多分……違います」違うといいな、という願望だけれど。
家出という線も考えられないわけじゃない。むしろ最も納得のいく回答だろう。けれど____、それでは、わたしがどうしてこんな所に居るのかの説明が付かない。野宿でもしようとしていたとでも言うのか。
「多分って…どういうことかな」
あう。
あうあうあー。何て答えたものか。もし事実を並べたりなんかしたら痛々しい子だと認識されてしまう…のかな。しかしながら目の前の彼はわたしに対して躊躇いもせず、もしかしたら躊躇ったかもしれないけれど、声を掛けてきてくれた訳で____つまりは…助けてくれる気がある、ということになる。
わたしがさっきから長ったらしく一人でうんうん唸っているとそれを見かねてか、彼が「いや、言えないような事情があるなら別にいいんだ。最初の問いは…ほら、言うなれば社交辞令ってやつだよ」と言って「キャラじゃないんだけどさ、きみはぼくのよく知っている人に似ているんだよ。だから、困っているようなら手を貸してあげないこともないけど」と言った。そのわりには随分と渋って下さっているように見える。本当に、キャラなんかじゃじゃないのかもしれない。
でも、差し伸べられた手を払いのけるなんて、いくら帰り道を忘れたわたしでも、そんな馬鹿なことはしない。
だから、わたしは言った。
「ありがとう。厄介事になるとわかっていて、わたしに声を掛けてきてくれたんですよね?」
「あー…うん、出来れば穏便に済ませたいところだけど、無理だと思うからまあいいや。何なりと」
まるで、後悔しなかったことなんて一度もないように、彼は言った。
この時のわたしはまだ知らなかった。
____あなたが、どうしようもなく救えないくらいに、酷く優しいということを。
ごめんなさい。
もし____今この瞬間までに、その優しさに気が付いていれば、なんて。
生涯でたった一度だけ、愚劣で大嫌いな考えを、抱いてしまったことに対して。

存在する理由を、忘れてしまったんです。「どうか、資金が溜まるまで、住む場所を提供して下さいっ」
わたしは言う。
____ああ、そうだ、ついでに。「それと、どうか…その傘に四分の一でもいいので入れてくれませんか」困ったように笑いながら。
これ以上行為に甘えるのも如何なものかと思ったが____ただただ、私の肩を濡らした雨が冷たくて____、寒かった。


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あきゅろす。
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