小説ZS<企画モノ> 2011/11/11【海賊:水面の月】 その日に何がほしいかと、そんなことは考えたこともない。 まず誰かに祝ってもらうことや物をもらおうと思ったことがなかった。 特別なことと思っていなかった。一年が経ち、年を重ねる区切りのようなものだ。 「なんかないのかー?」 詰め寄られて囲まれても出て来やしない。誕生日の祝い品など考え付かない。 「そういうのは贈る側で考えろ。」 祝ってくれる気持ちはありがたいが、何度も聞かれることにいい加減うんざりだ。 「だってよー。おまえの欲しいものが全くわからないからなー。物欲がないってゆうか、世界一以外求めてなさそうだな。でもそれは俺たちがあげるもんじゃないしなー。」 年少の3人は腕を組んで考え込んでいる。 「なんかヒントをくれよー。」 「ヒントってなんだよ。俺だってわかんねえもんに出せるかよ!」 ケチーとかブーブーと抗議しながら親指を立てて床に向ける。 その親指折って上に向けてやろうかと睨んだらウソップとチョッパーは ひっ と小さく叫び、隠すように両手を後ろに組んでいる。 「必要なものでもいいんだぞ・・。」 「必要・・・・」 「酒とか?」 「酒が必要なのか?」 「まあここでは生きていくうえで必要だけどな。」 「お前が喜ぶものを贈りたいんだけどなー。」 真摯な目で見上げられ、たじろぐ。なんでこいつらこんなに食い下がるんだ。 ガキの3人組だけじゃない。女共もけっこうしつこく聞いていた。聞いてこないのはあいつだけだ。 「そうだ、誕生日のって考えるから思いつかないんじゃないのか?ただ単に常日頃欲しくて、手に入ったら嬉しいものってないのか?」 「食い物でもいいぞー!」 「そりゃおまえの欲しいもんだろー」 そういいつつ、考えてみる。 いつも、常日頃、ただ単純に欲しいもの。俺に必要な・・。思い浮かべて 「・・・・黄色くてまるい」 うっかりそこまで言ってはっと口を噤む。3人ともに迫るようにして聞いていた。 咳払いをひとつして、よくわからねえ、と誤魔化しその場を立ち去る。 「自分の欲しいもんに辿り着く前に頭ん中でも迷子になってんのかもな」 ありえるーと大爆笑している奴らの声にイラっとしたが戻れば元の木阿弥だ。堪えて後ろへ向かう。 必要なものはある。 欲しいものもある。 常日頃思っている。 意味も分からず単純に・・・・。 それは望んだところで手に入るとも、もらえるとも希望の持てる代物ではなく。 余計なことをこぼしたか、と後悔した。 余計なことであったのは確実で、翌日から船内では「黄色い丸いもの」探しが始まった。 いつの間にか女共にも漏れており、すれ違いざま意味ありげに目を合わせてきた。 「ま、楽しみにしてなさいよ。」 「ご期待にそえられるしらね。」 魔女の呪いの言葉に聞こえ、不快感とともに焦りも感じる。 まさかバレてないよな。ヒヤリとしたが素知らぬ顔でやり過ごす。 女は目ざとく変に感がいいから侮れない。下手に言い訳せず、黙ってやりたいようにやらせておくのが得策だろう。 どうせ誰にもどうにもしようがないんだ。 3人組は男部屋をひっくり返し倉庫を散らかし「黄色い丸いもの」を求めている。 そこにはねぇよ。と鼻白んで昼寝の体制に入った。 起きていればまたヒントだなんだと騒ぎ立てられるに違いない。 手には入らない、触ることもままならない、そんなもんなんだよ。 はっきりしない頭の中に足音が響き、声がした。 “ ゾ ロ ” 振り返ると黄色い丸い蕾のような塊が天から垂れている。下がる先は海。 蕾はゆっくり花開くように広がり、人の形を成してゆく。 黄色だけだった色合いがだんだんと薄まり、肌は白く変化する。 実が熟れてころりと海に落ちたそれは、しばらく沈んでぷかりと浮かぶ。 水面に浮かぶ実は起き上がり、その白い体を曝して艶やかな眼でこちらを見た。 「ゾロ」 「ああああああああああ!!!!??」 驚きのあまり飛び起きると、夢と同じ顔の男が傍らで目を見開いて見下ろしている。あ、まだ夢の中か・・? 「おいおい。珍しいな。起こす前に起きるなんてよ。つか、てめぇ夢見て雄叫んだわけ?」 心底面白そうにニヤけて、からかってやろうというのが見える。 じろりと一瞥したが、口じゃ敵わないんで黙って立ち上がる。 夕日は海に吸い込まれる直前なので晩飯なのだろう。 ラウンジに向かおうと歩く後をコックがついてくる。 「なんの夢見たんだ?怖い夢か?こわかったんか?んん?」 「ちげぇ」 嬉しそうにからかいやがって腹が立つ。怖い夢ってなんだよ。 そんなんじゃねぇ。が、とても口に出せない夢だ。 「気色の悪い夢だ。」 別にこいつが気色悪いんじゃない。俺の甘ったるい思考が気色悪い。 心の底ではあんな風に艶っぽく甘く名を呼ばれたいと、そんなのを欲しがっているのだろうか。 「ふーん?」 もう興味をなくしたのか、どうでもよさげな返事をして空を仰ぎ見ている。 「お!見ろ。もう月が出てる。」 指さす先を見れば、夕日に照らされて薄紅の月が上っていた。 まだ少し膨らみの足りないそれは真夜中の姿とは随分違う。 「あれも夜には黄色っぽく丸いよな?」 「いや、どっちかってぇと白いだろ?まあ黄色っぽい時もある・・か?」 コックの問いかけに思ったままを告げると、ピクリと巻いた眉を上げて僅かに悲しい目をした。 次の瞬間にはいつもの生意気そうな目に戻っていたが、見間違いではなかった。 「そーかよ!」 否定されたのがムカついたのか、口を尖らしてドスドスと大股で通り抜ける際に「飯に遅れんなよ。」言い捨てて立ち去ってしまった。 喧嘩にはならなかったが機嫌を損ねたらしい。意見の食い違いなどいつものことだ。 ましてや月のことなんか。 再び月を仰いでみると、先ほどよりも暗くなった空の中で白っぽく輝き始めている。 「黄色じゃねーだろ?」 誰の返事もないままにじいっと月を睨んでいたら、白くて丸いそれが俺の欲しいものと重なって見えてきた。 「明日のお昼にはログも溜まるし、今夜はゾロの誕生日のお祝いするし、遠くに行かないでちょーだいね!」 「わかった!!!」 「ほんとにわかってんの?」 「ほんとだ!今日は黄色い丸いもの探してすぐ帰ってくっから」 あれから数日経つのに、あの話はまだ生きてたのかと驚いた。 「あら。あんたまだ用意してなかったの?まあ、船内じゃ仕方ないか。」 「ああ。ここで見つけてくる!!待ってろよ。今夜は宴だからな!!」 ルフィはにしし、と笑って飛び出していった。 遠くに行くほどの大きさもない田舎の島で、散歩に行く気も起きない。 夜まで寝るかと腰を下ろした、途端にコックがつま先で膝を小突く。 「おい。今夜の宴のために買い出しすっから、荷物持ちしろ。」 「なんで俺が!」 「野郎どもはお前のために贈るものを用意しているところだ。残るは、か弱いレディのお二人とてめぇだ。必然的に荷物持ちはてめぇだろう。」 腑に落ちないが反論も出来ず黙って後をついて行くと、コックは満足気にプカリと紫煙を燻らせた。 それなりに商店街らしき一角で買い込めるだけ買い込む。 背中も両腕も荷物でいっぱいになり、果ては口にまで買い物袋を咥えさせられた。男が持っているのは小さな紙袋ひとつだけ。 「あんでてめぇは持たねぇんだよ!」 「おまえ、よく器用にしゃべれるな。」 会話にならない。イライラしてもう一度聞いた。 「てめぇの背中も両腕も口もガラ空きだろうが!なんで持たないんだ!?」 フゥフゥと鼻息荒く抗議する俺に、呆れたと言わんばかりの眼を向ける。 「眼ン玉ひん剥いてよっく見やがれ。俺は大事な荷物を持っている。」 小さな紙袋を恭しく両手で胸の前に頂いて見せる。 こいつとの会話は強者と対峙した時よりも精神が持たない。 額には絶対に青筋が浮いているはずの俺に向かってコックは続けた。 「−−−大事な大事なものなんだ。」 一瞬だけ真面目な青い眼を見せながら。 しかし瞬く間にいつもの憎たらしい笑い顔を見せて先を進んで行く。 これ以上は言葉の無駄遣いだと諦め、後をついて歩きながらハタと思い当たる。 もしかするとあの中身は俺へのあれか?誕生日の贈り物!! 『大事な大事な・・・』 胸が大きくドクリと鳴った。 かくして夜になると「誕生日を祝う」という名目の宴会が始まった。 要は騒ぎたいのだろう。俺だって酒が飲めればなんだっていい。 食い物にしても聞かれもしなかったのに、食いたいと思っていたものや自分好みの味であればなおのこと。 薄焼き卵に包まれたちらし寿司や南瓜の丸いコロッケ。 色付けたのか?と思われる黄色い団子。柚子味のゼリーも丸くくり抜いてシロップの中に浮かんでいる。 他にもたくさんの料理が並んでいるが・・・にしてもやけに黄色い丸いものが多い。 ???疑問に思いつつも飲み食いをしていると、コックが窺うように見ているのに気が付いた。 「なんだ。」 「なにも。」 驚きの速さで返答すると、さっさと空いた皿をシンクへ運ぶ。俺の額からはビキビキ音がしそうだ。 「ねえ、そろそろ・・こわっ!何その顔?」 余程不機嫌な顔をしていたらしい。ナミに額をバチンと打たれた。 増々不機嫌になったが知らん顔で話を進められる。 「宴も酣なところで、そろそろ始めましょうか!」 俺以外の全員がおおおー!と歓喜の声を上げる。 何が始まるんだと呆気にとられているとウソップが前に出た。 「俺様が徹夜で縫い上げた逸品だ。中身はビーズ。カバーはもちろん取り外し可能で洗える。肌触り抜群のタオル生地!!昼寝のお供に最適だぜ!」 そう言って手渡されたものは、黄色い丸い大きなクッション。 掴むとぎゅこっと硬いが、中身が流れる様子を感じて心地よかった。 「次は俺なー」 チョッパーは大きな薬瓶の首に黄色いリボンを結んだものを差し出す。中には黄色くて丸い、飴にしては小さい玉がぎっしりと入っている。 「薬ってほどの物じゃないから安心して飲んで。疲れを取るための補助のようなものだよ。あ、あ、一度にたくさん食べるなよ!食後に一粒!!」 さっそく手の平いっぱいに掴んで食おうとしたら怒られた。あみのさんがどうの、カルシウムだなんだと難しいことを言っていたが最終的にはわからなかった。 「私からはこれを。」 ロビンの手がふわりと空を切ると、遠くから手がバケツリレーのように黄色いプラスティックの円柱を運ぶ。 俺の手元に放られた黄色い円柱は半分が透明で、そこから覗くと3〜4cmほどの黄色い球体が刺さった棒の束。 ご丁寧に黄色いリボンでまとめてある。 「ポンポンマムだったかしら。黄色くて丸くて可愛らしいでしょう。ブリザーブト・フラワーだから半永久的よ。」 いわゆる花束なんだろうが・・・これを俺にどうしろと? 周りの連中もいかにも「うわぁあ・・・花束。しかもブリザーブト・フラワーって。どこかに飾るの?こいつが?半永久的に?」といった顔で見ている。 当の本人は面白がっている表情だ。 「ちゃんと飾って頂戴ね。捨てたりしてはだめよ。」 穏やかな口調とは裏腹に脅されているように聞こえるのは気のせいか? 「あたしはねー。実用的よ。はい!」 差し出す魔女の手の平を見て緊張が走る。その手の中には、金ぴかの丸いコインが3枚。金貨だ。 「おおーすっげぇ!!これって本物かよ?金メッキじゃねえのか?」 「失礼ね。本物よ。」 いつもにない守銭奴の気前の良さに皆どよめく。 「罠か?」 素直に疑問を吐いたら拳骨を喰らわされた。 「ほんっとに失礼ね。あんたが黄色で丸いものがいいってゆうから、わざわざコインにしてやったんじゃないの。」 金色だけどね〜、そう言って手の平に乗せられたコインは重く、本物だとうかがい知れた。 「借金を軽くしてあげてもよかったんだけど、こういうのはパフォーマンスも大事よね。」 ここまで来るとさすがにあの「黄色くて丸い」発言が影響していることに気まずさを覚えてくる。 こうも黄色いものに囲まれてると、まるで俺が黄色好きみてぇじゃねえか。いや嫌いじゃねえが、そうじゃねえが・・・。 「残るは二人ね」 ルフィとコックは特に何も持っているように見えない。 昼間の紙袋を思い出して、ゴクリと唾を飲み込んだ。 「俺は、ほら、さっき、食卓にいっぱい並んでただろ。黄色い丸い、料理・・・。」 歯切れの悪い返答だったが、皆も納得したように頷いていた。 確かに美味かったし、黄色い丸いものを考えてくれたのかと思うと気分が好かったが、あの紙袋は関係なかったのか? コックの顔を窺うと慌てたようにプイと横向かれた。 ムカついて言葉をかけようとしたらルフィが声を張り上げた。 「おれのはこれーーー!!」 手の平に乗っているのは黄色い丸い・・・・ゴムボール。しかも結構薄汚れている。どこかで拾ってきたんだな・・。 「あんた、これ、どうすんの?」 「だってよー。黄色くて丸いだろ?」 ルフィはどうだ!って面で笑っているが、全員「まんまじゃないかよ!」突っ込んだ。 「これおもしれーんだ。ま、見てろ。」 おもむろにボールをぎゅっと握って皆を見まわしてから手を開く。 「ギュギュ〜〜」 ボールは文句を言うかのように鳴いて膨らんだ。空気が一度抜けて、戻る反動で音がするのだろう。 「な?」 「な?じゃねーよ!!」 二度目の突込みにも動じず、ぽいっと俺に投げ渡してきた。それを握って力を緩める。 「ギャギュ〜」 チョッパーだけがキラキラと目を輝かせてボールを突いていたが、他は呆れて笑っていた。 「ありがとよ。」 全員が俺の一言を推し量り、なんとか気に入るものをと考えてくれたことへの素直な礼がでた。 「ちょっと気持ち悪いわね。」 「熱あるのか?」 「なんか拾い食いしたんじゃねーの?」 人が感謝の意を表してるってのになんだってんだ。 ぐいっとジョッキを仰ぎ、贈られたものを見返してみる。 どれにしても(内容はともかく)俺のために用意されたものかと、胸の奥がじんわりした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |