「愛、最近様子が変だと職員室での噂の的だぞ」 職員室を出てすぐに引き留められたあたしは、アイツと一緒に相談室にいた。あたしは椅子に座らされて、アイツはあたしを見下すように壁に背を預けて立ってる。 自分でも吃驚する。何で震えもしないでコイツといられるのか、だけどそんなこと直ぐに答えがでる。 「颯斗に飲ませた薬、症状が出てからどれだけで¨覚醒¨なの」 そう、今は何よりこれを知らなきゃいけない大事な情報。作った本人なら分からないはずがないと持ちかけるチャンスだから。 あたしがそれを問うと吃驚したように目を見開くアイツ、そんな所はあの時の優しかった紫苑さんを思い返させる。でもそんなの一瞬の時に過ぎない。 「なるほど」 「──」 「先日、薬を投与されたのはお前ではなく奴らだったか」 心底楽しそうに笑う彼は、あたしの腕を引っ張り上げて無理矢理立ち上がらせた。 「いっ」 「何か勘違いしているようだから教えてやる」 「何、っ」 そう言ってあたしに近づくアイツの顔が首に埋まり、首筋を舐めあげられた。その気持ち悪い感覚に、突き飛ばそうと無意識に伸ばした手も直ぐにひとまとめにされて壁に押しつけられた。 ヤバい、これじゃ退路が──、 「薬を受けたのが颯斗とお前の思うそいつだけだと思ってるのか?」 耳元で響く低いその声に紡がれた言葉はあたしの嫌な胸の動機を早める。他にも、被害者がいるって…こと? 「お前が悪いんだよ、愛」 そんなあたしに見向きもしないで、スカートを捲り上げる彼の手の動きはエスカレートしていく。だけど、あたしは抵抗する力が働かないほど頭が混乱していて──。 「同居人に聞いてみるといい、腕のその痕は何だ、とな」 「!……っ」 嫌な予感的中。こいつはあたしの周りの大事な人たちにあの薬を──。 「おっと、今更逃げられると思うなよ」 「離せ!お前だけは許さない!絶対っ!絶対許さないから──!!」 「九条先生、何かありましたか?」 「あけますよ!」 「ち、」 あたしの叫び声が隣の職員室まで聞こえたのか、鍵を開ける音が聞こえ、あたしは解放された。 「!どうしたんですかっ」 「いやいや、彼女が逆上しまして…すみません、どうしようもない娘で」 ¨娘¨ どうしようもないと言われたことは気にならない。だけど、こんな奴に¨娘¨呼ばわりされたことが気にくわない。 「あたしは、アンタみたいな人殺しの娘なんかじゃない!」 「え…」 「おいおい楠木…」 ただの親子喧嘩だと思ってるんだろう、必死に宥めようとする教師を睨みつける。彼らにあたしの気持ちなんて分からない。 「アンタ達なんかに分かってたまるか!お前さえいなきゃあたしはっ、あたしは!」 きっともう我慢の限界がきてたんだと思う。長年ため込んでいた感情が一気に爆発した。 「落ち着きなさい、楠木!」 掴みかかろうとしたあたしを先生が必死に押さえるけど、尋常じゃないその様子に、アイツにも疑心を抱き始めているみたいだった。でも、そんなの今はどうだっていい。 「返してよ!あたしの家族も、あたしの大事な人も!全部返してよー!!」 「!……」 涙が流れてどんな顔してるのか自分でも分からない。そんな取り乱した姿を、人に見せるのは初めてだったから。だからきっと、アイツも驚いたんだと思う。目を見張ってあたしを見返してる。 「な、何だね君たち!」 そんな収拾のつかないこの状況に陥ったそこに、飛び込んできたのはあたしの大切な人たち。彼らはあたしを見つけると直ぐに駆け寄ってきて、必死に止めようとしてくれる。 「愛、落ち着きなさい」 「放して!!」 だけど今のあたしにとったら、 「君が手をあげたらダメだ、愛チャン」 「知らない!そんなの関係ない!」 貴方たちもあたしの行く手を阻む邪魔な存在になっちゃう──っ。 先生が離れて、あたしを押さえるのは骸さんと白蘭さん。それでもあたしはいつものように落ち着くことは出来なかった。必死に押さえてるだろう二人に反発しながら、前に出ようと足を踏み出すけど二人によって進めない。 「お願い放してっ」 最後の力を振り絞ったように力なくそう言っても、二人は放してはくれない。なんで、なんでいつか帰っちゃうくせにあたしのやることに首突っ込んでくるのよっ。 「……」 「!っあ……」 あたしがそう思ったのと同時くらいにお腹に、骸さんの拳が入った。 朦朧とする意識の中、骸さんを見上げると今までに見たこともない、辛そうに顔を歪めている彼があたしの瞳に映る。それと同時にあたしは意識を手放した。 「もう、いいでしょう」 「僕らだって愛チャンの為を思って我慢してるんだよ、今のところはね」 倒れる愛を抱き留め、これでもかというくらいの低く鋭い声を発する二人に、その場はシンと静まりかえる。 「これ以上、彼女を傷つけるのなら……愛が泣こうが喚こうが貴方を殺します」 「何をバカな──」 「冗談だと思わないことだね、ここまで愛チャンを追いつめたんだから、それ相応の覚悟出来てるでしょ」 二人の感じたこともない殺気に怯んだ紫苑はひきつった顔で、愛を抱えて出て行く二人を見送る。 「あ、それとさ、僕らバカじゃないからあんなものに引っかからないよ」 「僕ら二人だけではありません、この学校にいる誰一人としてあの薬は受けつけていない」 「!?」 最後に笑った二人は、薬の入っていた瓶をその場に落とし、中身は見事にぶちまかれた。 .... (見ていられなかった) (もう、許せないよ) |