あれはまだ、あたしが中学三年生で高校受験を控えていたときの話になる。 「紫苑さん!いらっしゃーい!」 紫苑さんが九条紫苑であり、あたしの家族を崩壊させた張本人。だけどこの時のあたしは、紫苑さんが大好きでお兄ちゃんができた気分だった。 「走ったら危ないよ」 性格も穏やかで、笑顔が似合う紳士的な男の人で、あたしの家庭教師も快く引き受けてくれていた。 「ねーねー!今日は遊びに行こう!パパもママも許可出してくれたから!」 「え?一成さんも?」 「うん!息抜きも必要だから行ってこいって!」 紫苑さんは酷く驚いた顔をしたけど、一成、もとい、あたしのお父さんが許可を出したことに納得すると笑顔で頷いてくれた。 この時、紫苑さんと家族との仲は好調でパパの教えていた生徒である紫苑さんはもう家族のような存在だった。 だからパパもママもだんだんあたしの世話まで、紫苑さんに任せるようになっていったの。 そんな中、あの地獄の日が訪れた─。 *** 「愛チャン、今日はご両親どうしたの?」 「あー、遅くなるんだって!だからおもてなしできないけどって言ってた」 あたしの受験も近づいてきて大事な時期にさしかかったある日、父も母も弟たちも実家に日帰りで帰っていて、家にはあたしと紫苑さんの二人が残された。 「…遅くなるって何時頃?」 「え…?」 それを説明した後、紫苑さんの声がいきなり低くなった気がして、振り返るけど、そこにはいつもの笑顔で迎えてくれる紫苑さんがいて。 「女の子一人じゃ危ないでしょ?俺が一緒にいてあげようかと思ったんだけど…」 迷惑かな?と苦笑した紫苑さんに何故かホッとしたあたしは笑顔を返した。 「いてくれた方が嬉しい」 って──…、 この後、直ぐに階段を上がって自分の部屋に向かったあたしは、紫苑さんが意味深な笑みを浮かべていることに気づかなかった。 「…優等生も疲れてきたし、丁度いいな」 ──────────…… 「愛チャンゆっくりでいーから」 「…ん、」 さっきから増す震えに、吐き気は、まるであたしが次の話をするのを拒んでいるかのようで。 リビングのソファーに腰を下ろして、三人が親身になって聞いてくれる中、やっぱり無理だと頭の中で止める自分と、話さなきゃダメって言ってる自分が争っていて。 「抱きしめててあげよっか?」 「え…?」 そんなあたしの気持ちを察してか、頭を撫でながら笑ってくれた白蘭さんにフッと気がそれた。 「…何言ってるんですか、愛が同意するわけないでしょう」 「え、ダメなの?」 「いいよー、おいで」 「!」 「骸、意地張りすぎなんじゃ…」 「誰が…」 一気に和む中、深呼吸をして白蘭さんの腕の中でもう一度覚悟を決め口を開いた。 .... (これから先を話すのは) (意識が飛ぶ可能性だって) (あるから───…) |