愛を保健室に残して教室に戻った僕はさっきの男が居ないことに疑念を抱いた。 「あ、六道じゃん」 「愛ちゃんどーしたんだよ」 ある生徒がそう口にしたところで窓際の席にいた愛の仲のいい集まりが席を立ち、僕のところに集まってくる。 「愛は!」 「保健室にいますよ。今から愛連れて帰りますから鞄取りに来たんです」 「え?愛ちゃんて九条先生が送って帰るんじゃなかったか?」 さっきの男が──? 「おい話かみ合ってねーぞ!何で愛の側離れんだよ!」 しまった───…。 三人のそれぞれの言葉に、胸の中を取り巻いていた嫌な予感が現実のものとなり、確信に繋がった。 愛が、あの男と接触するのは危険だ。今、彼女は保健室に一人─…。 「!…愛っ!」 ガラッピシャン─! 凄い勢いで去っていった骸にその場にいた三人も含め、クラスメイト達全員が息をのむ。 結局鞄は──? と突っ込む暇もなかったとか…← *** 保健室までたどり着くと中から出てきた一人の男子生徒。僕は彼の横を通り過ぎ、保健室の扉に手をかけたところで、後ろから声がかかった。 「六道ってお前か」 「!…何故僕の名を?」 早く愛の無事を確認したい気持ちを抑え、平静を保って振り返れば、鋭い視線が突き刺さる。 「アイツは無事だ…一応な」 「…一応?君は彼女とどういう関係ですか」 「お前と同じなんじゃねーの?お前とは所謂恋敵だな」 「…僕が彼女に抱いているのは恋心ではない…ですが、愛を君に渡す気もありません」 恋敵?ふざけだことを…。あんな小娘一人に心奪われるほど落ちぶれてはいない。 彼女と僕は異世界に住む出会うはずのなかった者同士。それを恋愛対象になど見てどうなるというんですか…。 それは愛もよく分かっているはずですが──…、 ─「今は傍にいてほしいのっ」 ─「嫌われたくない…っ」 「愛、お前のこと待ってる」 「…え」 「早く行けよ」 愛の言葉が頭を過ぎったのと、彼が言葉を口にして僕に背を向けたのはほぼ同時だった。 暫く立ち尽くしていた僕は思いだしたように愛がいる保健室に駆け込んだ。 「あ、お帰りなさい」 「愛…」 カーテンを開けると、男子の制服の上着を羽織って頬に痣を作った愛が笑顔で迎えてくれた。僕と別れる前に、彼女の頬に痣などなかった。彼の言う一応はこういう意味だったんですか…。 「…っ」 「骸さ、ん…?」 何も言わずに笑っていられる愛の強さは認めます。僕はそんな君を見ているのが辛い。 抱きしめた腕の中で慌てる愛は先ほど泣きついてきた彼女とは似もつかない。 「すみませんでした…」 「!…帰ろ、骸さん」 一瞬震えた愛は、僕に体を預けてそれだけ言うとシャツを握りしめてきた。怖い思いをさせてしまった…。あの時、一緒に教室に連れて行けばよかった。 後悔は波のように押し寄せてくるが、愛が無事で、まだ笑っていられるなら、これから彼女の笑顔が消えないように守っていきましょう。 .... (骸さん、鞄は?) (……) (…何のために教室行ったんですか) (もう一度行ってきます) (あたしも行きます) (もちろんそのつもりです) |