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04:(貴方の手を取っていいの?)

骸さんがいなくなって静まりかえる保健室に近づいてくる足音。もちろん教室に向かったばかりの彼が戻ってくる訳ない。ならば、保険医か…、もしくはアイツしかいない。


「っ」


あたしは震える体を抱きしめて、アイツじゃないことをただただ願い続けた。でもそんなあたしの願いも虚しく、シャッと開かれたカーテンから顔を出したのはアイツ──…。


「改めてただいま愛」


「やっ!!」


腕を掴みみ上げられて叫ぼうと口を開いたら手で口を塞がれた。後ろから抱きしめられる形で密着するアイツに吐き気に襲われる。気持ち悪いっ。


「っー!んーっ!」


ボロボロ零れる涙は、あたしの体が恐怖の記憶を植え付けられたまましっかり覚えているから…。


「久しぶりに再会してそれはないだろう?」


「んぐっ!っう」


あたしが逃れようと暴れたからか、塞がれていた口の中にアイツの指が押し込まれて圧迫される。痛いっ!やだっ!気持ち悪いっ!嘘つき!骸さん直ぐ帰ってくるって言ったじゃない!


「うえっ…ケホッ」


ズルッと引き抜かれた指に一気に酸素を吸い込むとむせて咳が止まらない。一年も前にはこんなこと日常茶飯事で、むせたりしなかったのに、久々にやられるとキツい。


「大分女らしくなったじゃないか」


「!っいや!!」


そんなあたしにお構いなしで、体に触れてくるアイツに必死に抵抗するが、頬を一発殴られてベッドに押し倒された。


「あまり暴れると傷が増えるぞ」


口の中が切れて、口から赤い液体が零れ落ちる。それを舐め取りながら言うアイツにもう泣くことしかできなかった。


結局誰も助けちゃくれない…、
誰もあたしなんか助けて──…。


「兄貴ストップ」


え──?
あたしには誰か見えないけど、誰かのその言葉にアイツの手が止まる。


「何だ」


あたしから体を離して、言葉を放った男の子に目を向けるアイツにつられてそちらに視線を向ければよく知る顔。


この人───…、
アイツの弟…。


「立場上やばいんじゃねーの?生徒、いや娘に手出してたらよ」


「別にお前に関係ないだろ。愛はただの俺の玩具に過ぎない」


「アンタには玩具でも俺にとってはちげーから。俺、愛にマジだから返してもらう」


二人の会話がうまく理解できない。アイツの弟である九条夕吏(ゆうり)は、今まであたしが恐れてきた存在であり、いつもいきなり現れて…颯斗に助けてもらっていた。だからどっちに引き渡されようとあたしのこの痛みは変わらないし、恐怖も消えない。


「愛は俺の物だと聞こえなかったのか夕吏」


「聞こえてるって。だからそいつ返せって言ってんじゃねーの」


顎であたしを指し示す九条君にバッと目を逸らし、縮こまる。どっちにしたって酷く扱われるならここに残った方が骸さんが駆けつけて助けてくれる可能性が高いもん。後少し我慢すればいい。


「愛はここがいいらしいな」


「っ」


違う!違うけど…、逃げられない!


「愛、俺何もしねーよ。今までお前に話しに行ってたのには兄貴と俺の繋がりの誤解を解くためだっただけだから」


その九条君の言葉に絡んできたときのことを思い返していた。確かにそれらしい話は振られそうになったけど、いつも颯斗が──?!


「それを邪魔してた奴が本物の黒幕ってわけだ」


「は、やと…?」


「ああ」


「愛がお前の言葉を信じるはずがないだろ」


九条君の言葉には理屈が通る。けどアイツの言葉には理屈どころか常識さえ通らない。このままここにいたら、また犯されて暴力を振るわれるだけ、でも九条君なら全部話してくれるかもしれない。


そう直感的に感じたあたしは九条君と目を合わせると助けてほしいと訴える。彼は分かってるとでも言いた気に軽く頷いて微かな笑みを向けてくれる。あたしが初めて目にするその笑みは、不思議な安心感と勇気を与えてくれた。


今まで九条君の話をちゃんと聞いたことなかった…。目をちゃんとみたこともなかった…。だけど今、あたしは彼に全て任せてみようと心の中で決意する。


「今さ、職員室寄ってきたし保険医来るけどな?どーする」


「夕吏、っ!」


「早く逃げなきゃ遭遇すんじゃね?」


九条君の試すようなその言葉にアイツは顔を歪め、悔しそうな顔をしてあたしから離れると保健室を後にした。


「…」


そしてまた静寂に包まれる保健室であたしは上体を起こす。


「来るの遅くなって悪かったな」


「…あり、がと…っ」


あたしは首を横に振ると、掠れた声でどうにかお礼だけ口にすることが出来た。


「バカじゃねーの?」


「!え…?」


パサッとかけられた上着を握ってあたしの目線の高さに屈む九条君に目を見開く。


「俺言ったよな?お前にマジだって」


「?」


何のことか分からなくて首を傾げると、呆れたように溜息をつかれた。


「好きだって言ってんだよ。だから兄貴から解放してやりたいし、愛を守るつもりだから」


「九条君…」


真剣な彼の瞳に引き込まれそうになっていたあたしの額にそっと触れるだけのキスをする彼──…。あ、キスされちゃった…。それを平然と受け止めてる自分に自分で吃驚した。


「多分もうすぐ噂の転校生、六道が来るだろうから行く」


「あ、の…さっき言ってた黒幕って」


「落ち着いたら話す。今日は帰って休め」


くしゃっと撫でられた髪に、向けられた優しい笑顔。アイツの弟でも、九条君はあたしの味方。今日それが分かっただけで凄く心強く感じた。


骸さんの言葉、ツナがあたしに怒ったこと。白蘭さんがあたしに忠告した理由。九条君が話すと言った真実。


まだまだ分からないことだらけなのに、何故かあたしは骸さんと早く三人の居る家に帰りたいと強く願うのだった──…。




....
(あのー服着直したいんだけど)
(は、早く言えよな!じゃ俺行くから)
(上着…)
(明日責任もって返しにこいよ、愛)
(!…うん)


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