さっきまで何ともなくいつも通りだった愛が、この男に触れられた瞬間、叫び声をあげ意識を飛ばした。 「愛、しっかりしなさい」 倒れる愛を支えて何度も呼びかけるが、完全に意識を失っているのか返事は返ってこない。 「おい愛!」 「愛!」 「愛ちゃん!」 周りにいた愛と仲のいい連中も一斉に立ち上がり呼びかけるが反応はない。 クラスはざわつきだし、愛の父親だと名乗った男は意味深な笑みを浮かべていた。どういうことですか。これが君の過去に関係しているというんですか? 愛の肩を抱き、彼女の父親を見上げれば視線に気づいたのか直ぐに教師の顔に戻る。 「愛を貸しなさい。保健室へ連れて行く」 「…いえ」 「何?」 「汚い手で愛に触れるなど迷惑至極もいいところだ。保健室へは僕が連れて行きます」 終始笑顔でそう言い残すと、愛を抱き上げ、騒がしい教室を後にする。すれ違いざまに僕にだけ聞こえるように囁かれた一言に大体の状況は把握できた。 ─「汚れているのは愛の方だがな」 なるほど、それは隠したくもなりますね。 誰もいない保健室のベッドに愛を寝かし、制服のリボンを外し、シャツのボタンを少し外せば露わになる彼女の肌。そこには、彼女には似つかわしくないほどに痛々しく残る青あざがいくつも浮かび上がっていた。 「殴る蹴るでは済まされなかったようですね」 世間一般的に言われるレイプ。それを身内から受けるのは相当な精神の負担となる。 「ん……」 「大丈夫ですか?」 意識を取り戻した愛の頭をそっと撫でると、安心したのか頷く彼女。それに僕も少なからず安堵した。 「体の傷、あの男の存在。もう隠さず話してください」 「!?──っ」 僕がそう言えば、ハッとして服を押さえる愛の頬に手を伸ばす。 「この傷はあの男に付けられたんでしょう」 袖をまくり、腕を出すと今もまだ残る傷が露わになり、愛の瞳からは涙が零れ落ちた。 「愛」 「っ」 僕が諭すように彼女の名前を呼べば、首を左右に振って逃れようともがく。 「……」 深入りしない、ですか……。もう、僕にはそうできそうにない。綱吉の言っていたとおりだったのかもしれません。 今にも壊れてしまいそうな愛を前に体は勝手に動き、気づけば彼女を自分の腕の中に引き込んでいた。 「貴方は汚れてなどいませんから」 「?!……あ、」 汚れているのは僕の方だ。たくさんの人間をこの手にかけ、これまでに幾人も葬ってきた。 そんな僕を君は何も言わずに受け入れ、温かく接した。見ず知らずの人間にまでも手を差し伸べる貴方が汚れているというのはおかしいでしょう。 「身を汚されたからといって貴方自身が汚れるわけではありません」 「何で知って──…」 「大方の推測はつきますよ」 確信はなかったが、やはりそうだったのかと思うと何故か胸が締め付けられる思いだった。 「あたし…汚いからっ、骸さんに触れてもらえるほど綺麗じゃないから」 震える声でそう呟く愛を先程より力を入れて抱きしめるとそっと髪を撫でる。 「…話しなさい。話して楽になって下さい」 「む、くろさ──…」 「僕はもちろん、綱吉も白蘭も誰も君を汚らわしいとは思わないでしょう」 「っ──…嫌われたくないのっ…骸さんもツナにも白蘭さんにも…やっと仲良くなってきたのに…っ離れていって欲しくない」 「愛…」 離れようとしていた彼女が僕にしがみつき、必死に言葉を繋げて涙ながらに話す様は、これまで一緒に生活してきた中で初めての光景だった。 いつも背伸びして¨甘えない¨が強さの彼女がここまで自分をさらけ出すのは今までにない。 この時初めてただの同居人ではなく、一人の女として愛をみてしまった僕は何故か胸が苦しかった。 「いつかはいなくなるって分かってるっ─ずっと一緒だなんて思ってない…っでも今はやなの……、今は傍にいて欲しいのっ」 さっきよりも増した愛の震えは抱きしめていてもおさまらない。それほど彼女の負った傷は大きく深いのだと察すると、一度愛の体を離した。 「…骸さん?」 「今、話せそうですか?」 僕が愛の目を見てそう問えば一瞬固まってから首を横に振った。 「そうですね…じゃあこうしましょう」 「?」 「僕は少し教室に戻ります。愛はここで休んでて下さい」 「や、一人にしないで!」 スッと離れ立ち上がった僕にさっきのように抱きついてくる愛。少々困りますね…。鞄取って戻るだけなんですが─…。 「鞄取りに行くだけですから、数分で戻ります」 「……早く帰ってきて下さいっ」 「はい」 何とか納得したのか頷いて布団にもぐった愛の頭をそっと撫でてからその場を後にした。 だが、愛も連れて行くべきだったんですね──…。僕はこの後起きる惨事を知る由もなく教室へと足を向けた。 .... (彼女は感じていたのに) (僕はその不安を) (取り除いてやることが出来なかった) |