「…む、骸さん」
「……何か?」
あたしが後ろから怖ず怖ずと声をかけると、間をあけてくるりと振り返る彼。さっき靴を履き替えて教室に向かう際、いきなり手を引かれて皆との輪からはずされた。
明らか怒ってるよこの人!汗
どうしよう!
「怒って──…」
「怒ってません」
骸さんはそう言うけど、明らかに怒りの矛先あたしに向いてない?珍しく、否初めてかもしれない。骸さんがあたしに怒るなんて…。
けど、何でそんなに怒ってるんだろ。しかも怒ってるくせにあたしの手を引いてるのは何で?
「骸さん」
「今度は何ですか」
「視線が痛いので宜しければお手をお離しください」
回りから突き刺さる視線に俯きながらそう言うと、彼は見下すような笑みをあたしに向ける。
「愛に悪い虫が寄りつくと僕の仕事が余計に増えるのでそれは無理な相談ですね」
「は?」
いやいやあたしじゃなくてね!骸さんが格好いいからあたしが嫉ましい目で見られてるんだよ!困るのあたし!
それでも気にせずあたしの手を引いて、いつの間に知ったのかあたしの教室に躊躇なく入っていく骸さん。
何で───…
「あ、愛!って……」
「誰、そいつ…」
「?!……っ」
いつもの様に駆け寄ってきた美和は颯斗を引っ張り立たせていて、その颯斗はあたしとその横にいた骸さんを見て目を見開いた。
てゆーか三人とも凄く不審に思ってるよ骸さん。どうするんですかこれ、という意味を込めて彼を見上げれば、不適な笑みを浮かべていた。
「僕が関わるなと言っているのにまだ愛にちょっかい出してましたか」
骸さんのその言葉はどうやら颯斗に向けられているみたいで、颯斗は何をとばかり睨み返している。あー、やだなこの状況。
「…愛」
「お、おはよー二人ともっ?!」
二人の元に行こうとしたら繋がれていた手に力がこもり、グッと引き戻される。
「僕から離れないでください」
「骸さん、何警戒してるんですか…?」
さっきから怒ってるのもあたしに向けられた怒りじゃなくて、周囲に向けられた殺気とも取れなくはない。
あたしがそう問うと、また余計な勘ぐりをと溜息混じりに呟かれた。
「愛ちゃん、おはよ」
「あ、うん。おはよう」
次々に登校してくるクラスメートに挨拶を返していると、上から睨みつけられているような気がして顔を上げる。
「な、何か…?」
「貴方は僕らが心配していた通りに過ごしていたようですね」
「えっ…」
「さっきから何だよお前!いきなり愛と手繋いで登校して来やがって!」
あたし達のやりとりを暫く聞いていた颯斗は、昨夜のことを振り払ってか、あたしの体を後ろから引く。
「わわっ!」
それでも繋がった骸さんとの手は離されることはなくて…。
「愛を離せ!」
「お断りします」
「ちょ、ちょっと!」
何でこんなことになってんの!
骸さんも颯斗も痛い!!
「いい加減にしなさいよ!アンタ達!」
その時、美和の高い叫び声が教室中に響きわたった。
「「?!─」」
瞬間、バッと離された二人の手にあたしは美和の方に体を引かれた。
「愛を取り合う前に、颯斗君は言うことがあるでしょ?!貴方は転校生か何か知らないけど、いきなり出てきて自分の言い分だけ通さないで!」
二人にそれぞれハッキリ自分の思いを口にする美和にあたしは感動したよ。
でも骸さんにそれ言うとヤバイと思うんだけど…。何だか複雑な気持ちで二人の顔を交互に見ているとフッ、と空気が和らいだ気がした。
「愛…、昨日は悪かったな…俺あんな態度とるつもりなかったんだ…。マジごめん」
「颯斗…」
「少しやり過ぎました」
「骸さん…」
骸さんは少し拗ねたような言い方だったけど気持ちはちゃんと伝わった。それと颯斗の昨日のあれも、颯斗自身があんなことするはずないって分かってたから。もういいの。
「颯斗、もう大丈夫だから!そんな風に頭下げなくていいよ」
あたしは、颯斗の肩に手を添えてニッコリ笑ってみせる。もういつも通りの颯斗に戻ってるし、きっと大丈夫。この時のあたしはそういう確信が持てたんだ。
「愛…」
「辛気くさい颯斗なんか見たくない」
「なっ!辛気くさいって何だよ」
ほらね、いつも通りになったでしょう?あたしは颯斗の真っ直ぐぶつかってきてくれる、そんな素直さが大好きだから。
「そろそろ離れてもいいんじゃないですか?」
「ちょ、骸さん…」
「おまっ!愛に何してんだよ!」
「見て分かりませんか?抱っこしてるんですよ」
だ、抱っこって──…、あたしどんだけお子さま扱いされてるの。あたしは骸さんを見上げて離してほしいと目で訴えた。
「嫌です」
それを理解したのか、ニッコリと効果音がつくくらいの笑顔を向けてくる骸さん。くそっ、こうなったら…。
「……じゃあ今日チョコナシにしますからね」
「……」
そう言えばピタリと止まる骸さんの動きに効いてる。後ちょっとと自分に言い聞かせる。
「今日はートリュフだったのに残念ですね」
「…仕方ありませんね」
大きな溜息をついてあたしを離してくれた骸さんに堪えていた笑いが漏れる。
「あははっ!骸さん可愛いっ」
「……(乗せられましたか」
お腹を抱えて笑っていると、美和達がどんな会話だよとでも言いた気な視線を投げかけてくる。
「つかお前等ってどーゆー関係なわけ?」
「──?!」
そんな和やかな空気は長くは続かず、和磨の鋭い突っ込みにあたしは、骸さんと顔を見合わせて言葉に詰まる。どうしようっ。もう従兄だなんて嘘通じないじゃない。
「おい、愛?まさか…」
「えっ、あ──…」
あたしは颯斗の追い打ちの言葉に返す言葉がなくて、後ずさるしかできない。
「愛、もう隠すのは…」
「言えないよっ…」
あたしは骸さんの自分の感情を押し込めたその言葉に気づくでもなく、首を横に振るしかなかった。
「…(どこか複雑なものですね」
「あのねっ、骸さんはお父さんとママの知り合いで今家で預かってる感じなんだ」
「「「同居?!」」」
三人の言葉がうまい具合に重なって、また教室にざわめきが起こる。だが、骸が反応したのは愛の言い訳に使った言葉の方だった。
─何故、両親の呼び名が違うんですか。愛…。
「皆声大きいってば!」
「大丈夫なの?!男の子と一つ屋根の下だなんて!」
「だから声!」
美和と呼ばれた彼女に慌てて駆け寄る愛に目を向けながら、僕の心の疑問は募るばかりだった。
「おい」
「…何ですか?」
その時、一人はずれて僕の側に来た彼に仕方なく言葉を返す。
「愛のことどこまで知ってんだよ」
「……」
どこまで?
そんなこと───…。
「愛の過去の傷も知らないでアイツにこれ以上近づくな」
傷、だと?
愛にそんなモノ……?!
ないと言い切れない僕に、鋭い視線を向けてくる。いくつも年下なはずなのに、責められているように感じるその視線を睨み返した。
「愛が話すまで無理強いする気はありません」
「…ただの赤の他人にそんなこと話す必要なんかないだろ」
「君がどれほど愛と一緒にいるかは知りませんが、正直目障りだ」
赤の他人───…、
その言葉が頭の中に反響する。
愛にとって僕らは異世界から来た赤の他人にかわりはない。だが、颯斗でしたか?君にだけには愛を譲りたくはない。
「目障りか、そりゃこっちの台詞だ」
「では宣戦布告しておきます」
「!──…受けて立つ」
愛は渡さない。君のような危険極まりない男には───。
....
(お前等ー、いつんなったら席着くんだー?)
(えっ先生いたの?!)
(おーおー楠木、そんなに放課後先生の手伝いしたいか)
(!?)
(バカですか貴方は)
(…骸しゃん)
(!知りません) |