結局昨日は颯斗のことが頭から離れなくて眠れなかった。ぼんやりする頭を無理矢理覚醒させる。
「眠たい…」
早朝五時くらいに状態を起こして、自分の部屋からベランダに出る。こんな早くからツナを起こすのも悪いしね。
だけど、あたしがベランダにでたのを見計らったかのように、鳴り出す電話により、無惨にもそれは意味を成さなくなる。
「?…もしもし」
鳴ったのは自宅の電話で、あたしは部屋に備え付けになってる子機を手に電話にでた。こんな朝早くから迷惑な…。
(珍しく早いじゃないか愛)
ゴトンッ─────
電話にでた瞬間聞こえてきた声に、子機はあたしの手をすり抜けてベランダに落ちる。
「あっ、ひっ…あ…っ」
窓に背中をぶつけてズルズルと座り込む。¨怖い¨その感情があたしの頭を支配する。
(おい、愛)
「っ!!」
落とした子機からは、怒気が籠もった声が響いてきて、あたしは頭を抱えて両耳を塞ぎ縮こまった。
やだやだやだやだっ!!
聞きたくないっ聞きたくない!
子機から聞こえる声は、間違いなくアイツの声だ。海外に行ってやっと幸せな毎日が戻ってきたのにっ。
それをぶち壊すアイツの声が頭に響いて───…。
「愛…?どうかした?」
「あ…、ツ、ナ…っ」
「!どうしたんだよっ」
あたしの叫び声で起きてしまったのか、震えるあたしに吃驚して駆け寄ってくるツナ。あたしは耐えきれなくなって、そのままツナに抱きついた。
「?!…愛…」
「怖い…っ助けてっ、ツナぁ…」
愛がいきなり抱きついてきて、今までに見たことない涙をボロボロ流す姿に胸が締め付けられて、震える体を包み込むよう、背中に腕を回した。
「っふ、うぇ…っ」
俺より年上だけど、今だけは凄く幼く小さく見えて──。その弱々しさに抱きしめる腕に力を込める。何でこんなに震えてるかは知らない。だけど、今俺に出来るのはそれだけだから…。
愛を抱きしめたまま視線を前に向けると、ベランダの中心に転がってる子機が目に入った。
あれ…?通話中になってる。
「愛、電話切るよ?」
「!…早く切ってっ」
¨電話¨という単語を口にするとビクッと震える愛に理由はコレかと理解すると、子機に手を伸ばす。
(愛、いい加減にしろ。父親を何だと思ってる!)
「いやっ!」
「?!」
父親───?愛の…?じゃあ何でこんなに怯えてるんだ…。
子機から聞こえてきた声に、背筋に走る悪寒。愛の震えは悪化して、しまいにはあの時みたいな呼吸困難にまで陥る。
「はあ、はあっ、ぜぇっ」
「待ってて!」
電話を一方的に切った俺は、愛の小型吸入器を取りにいって、急いで彼女に持たす。
「はあー、はっ、…はあっ…」
「大丈夫…?」
背中をさすりながらそう問えばこくっと頷いて、息を整える愛。よかったー…。大事ないみたいで。
俺は背中を何度もさすりながら愛が落ち着くのを待った。
***
「ごめん、ありがとっ…」
「いいけど、あのさ…」
落ち着いたのはよかったけど、俺の顔を見ないで俯いたままの愛に空気が張りつめる。
「聞かないでっ」
「え?」
「お願いっ、アイツの話は今…聞かないで」
俺の聞きたいことを察したのか、今にも泣きそうな顔をして首を左右に振る愛は、凄く辛そうに顔を歪めていて…。俺にはそれ以上愛を問いつめることが出来なかった。
「俺、愛が話したくないなら何も聞かないから…、大丈夫だよ」
愛の頭を撫でて、いつも撫でてもらう方だけどとか考えながら、様子を窺う。
「ごめん、骸さんと白蘭さんにも、電話のことは言わないでおいて」
「けど…」
「心配かけたくない。ツナみたいな顔してほしくないの」
真剣な顔してそう言う愛に俺は頷くしかなかった。そうしないと愛が張っている虚勢が崩れ落ちてしまいそうだったから。
俺が頷くと、いつもみたいな笑顔に戻って笑ってくれる愛─…、
だけど俺の頭からさっきの¨父親¨だと名乗る男のことが消えることはなかった。
....
(俺がこのとき感じた胸の痛みは)
(君が何もかも一人で抱え込んで)
(頼ろうとしなかったから、) |