「愛、」 あたしの意識が朦朧としてきた時、聞き慣れた、聞きたくて仕方がなかった人の声が頭に響いた。 「骸──、おい、愛っ」 「骸さ、ん……」 あたしの身体を支えて呼びかけてくれている颯斗の声はもう、あたしの耳には入っていなかった。 ただ目の前にある骸さんに必死に手を伸ばして…、手が通り抜けた後にそれが幻術なんだと、骸さんがお別れを告げるために残してくれた幻影なのだと悟ると、また涙が溢れてくる。 彼が帰ってしまったんだという事実が突きつけられて、あたしの身体は颯斗の助けなしでは起こしてもいられないくらい、ショックが大きかった。 「愛にこんな形で伝えることになってしまったこと、先に謝っておきます」 「うっ……ヒック」 「今、きっと泣いてるんでしょうね」 幻術だなんて思えないくらいに、あたしを見て会話しているような感じがするのにそこに貴方はもう、存在してなくてっ。 「僕が愛と出逢ってから今まで過ごしてきた日々は、平凡で、それこそ僕にとったら非日常でした」 あたしは、涙を流したままそれを拭わずにただ目の前にいる骸さんの言葉に耳を傾けていた。 「別に退屈だったと言っている訳ではありませんよ、寧ろ、初めて体験することが多すぎて戸惑っていたように思います」 目の前の骸さんが苦笑して、それが何だかリアルで───、 「そして僕が一番驚かされた存在は君です、愛」 「え、──?」 その言葉には流石に驚いて、溢れて止まらなかったはずの涙が嘘のように止まって、裏返った声を漏らしてしまった。 「貴方のような人を好きになるとは思いもしませんでしたね」 「骸さん……」 そう言った骸さんの表情は穏やかで、何だかあたしを好きになって良かったと言われているような自惚れを感じてしまった。 「愛、僕はもう貴方の傍にいることが出来なくなりました。これからは、貴方の周りにいる颯斗たちに力を借りてやっていけますね?」 そんなあたしに次に向けられた言葉は衝撃的で、その言葉が言い終わるのと同時に薄れていく骸さんの姿に、あたしは彼に届かないとわかっていても、口を開いた。 あたし、あたしは───、 「やってけるわけないじゃん…っ!あたしを、あたしを一人にしないでっ」 「もうあたしは一人じゃないって分かったもん。今までありがとう骸さん」 |