「よくここまで来たな、愛」 たどり着いた最後の扉の奥。あたしたちを出迎えてくれたのは、ソファーに座ったままの無表情な紫苑さん。そして、その奥には眠っているあたしの大事な家族の姿。 「紫苑さんが戻ってきたみたいね」 「何?」 「だって、顔がひきつってるもの」 「?!」 図星だったのかそうでなかったのかは分からないけれど、あたしをギロッと睨む彼の瞳には戸惑いの色が見えた。自分が消えてしまうのではないかという不安もあるんだと思う。 「骸さん、手、離すね」 「───」 ギュッ──── あたしが紫苑さんの元へ歩き出そうとすれば、必然的に彼の手を離すことになる。一応了承を得ようと、骸さんを見上げれば、さっきより握られた手に力がこもった。 「骸さん」 「!……気をつけて下さいね」 「うんっ」 もう一度あたしが呼びかければ、分かってくれたのかそっと名残惜しそうに手を離してくれた。 あたしが帰ってくるのは貴方の腕の中だよ、骸さん。だからそれまで、絶対に帰ったりしないでね。 あたしは、ソファーに座る紫苑さんの元まで歩み寄ると、屈み込んで彼の手をそっと握った。 「愛、?」 「ねえ、紫苑さんが戻ったら貴方を追い出すと思う?」 「!───」 あたしが握った彼の手に力がこもり、小刻みに震えていることから、図星なのだと悟ると、震えを取り除けるように強く握る。 「大丈夫だよ、大丈夫。──紫苑さんは絶対にそんなことしない。ちゃんと受け入れて、貴方に手を差し伸べてくれる」 そんなの、もう一つの人格である貴方なら分かってるでしょう。ただ、それを信じられないほど迄に、もう一人の自分も周りも傷つけすぎてしまったから、信じきれないんだよね。 「怖いなら、あたしが貴方の味方でいてあげるから」 「何、を──」 「誰がなんと言おうと、あたしが紫苑さんの支えになるよ」 こんな言葉、ただの気休めにしかならないかもしれない。だけど、今のあたしが言葉にしていいのはここまでなの。恋人として貴方を支えることは出来ないから。紫苑さんが望んでる全てに応えてあげることは出来ない。 「俺が、今までしてきた所行はどうするつもりだ。お前が苦痛に過ごしてきた時間は戻らないんだぞ!」 「だから、償うんでしょう?」 「だから───」 「だから何?罪を償うのは、罪を犯した人の定めよ。あたしが心に負った傷も、失った時間も今更取り戻すなんて不可能」 紫苑さんの言葉を綺麗に遮ったあたしは、彼を真っ直ぐに見つめて、言葉を続けた。 「それでもこれから先、貴方が頑張るならあたしは貴方の支えになる。紫苑さんが失ったものも貴方の考える規模よりずっと大きい」 だったらそれをチャラにするくらいの頑張りが必要なんじゃないの?それは当事者である貴方にしかできないことだよ。 「俺は、償えるのか……?」 震えた声で、不安な色を灯した瞳であたしを見つめる紫苑さんに、あたしはニコリと微笑んだ。 「うん、償えるよ」 あたしがそう言った瞬間、目の前にいる紫苑さんはとても穏やかな笑顔を浮かべて、ありがとうとあたしに返してくれた。 「愛ちゃん……」 「!──、っ……お帰り、紫苑さん」 何年ぶりだろうか、紫苑さんに笑顔が戻ったのは─、一体、何があたしたちをここまで苦しめてきたんだろうか。 人格が本来あるべき姿に戻った瞬間、あたしの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。これで、これで全部終わったんだ──。 あたしは、ずっと支えてくれていた、最後には背中を押してくれた大切な人がいた方に振り返る。ありがとうって伝えるために──。 「む、くろさん──?」 だけどあたしの振り返った先に、さっきまでいたはずの彼の姿はなかった。途端に溢れてきた涙が、もう彼はここにいないんだと証明しているみたいで。そんな考えを振り払うように、あたしはフラフラになりながらも彼の姿を探した。 嘘、ねえ──、ちゃんと最後まで傍にいるって、そう言ったじゃない。まだお別れしてないよ?どこ、行っちゃったの──? バンッ──── 「兄貴!愛!」 「「愛!」」 「いやぁあああ─!!!」 開いた扉から入ってきた人が誰なのかも、誰の名前を呼んだのかも、そのときのあたしには分からなかった。 .... (突然いなくなるなんて) (反則だよ、骸さんっ) |