「なーに?…夜の散歩するなら僕も呼んでほしかったな」 「え、──?」 あたしが呼んだ名前に返ってきた返事。いや、正確には返ってくるはずのない返事が返ってきたんだ。 「言った側から約束破りな子だね、愛チャンは」 あたしが信じれなくて振り返った先にいたのは、壁により掛かって溜息をついているあたしの想い人、白蘭さんだった。 あたしが振り返ったことに気づいた彼は、自分の着ていた上着を脱ぐと、そのままあたしに近づいてきて肩にかけてくれて、…向けられた瞳は少し怒気を含んでいるように思えた。 「一人で泣いてたの?」 「え、あっ…」 慌てて涙を拭おうと手をあげたあたしの手首は目の前にいた白蘭さんに掴まれて、そのまま彼の方に引き寄せられた。一瞬、何が起こったのか分からなかったの。 「白、蘭…さん?」 「んー?」 白蘭さんに抱きしめられてるんだって気がついたときには、あたしの涙は止まっていて、見上げた先に見えた彼の表情は何だか儚げで、あたしはどうしていいのか分からずに固まってしまっていた。 「愛チャンの髪って柔らかいんだよね」 「え──?」 「今まで相手にしてきた誰よりも、君がいいんだよ」 「?」 いきなり髪を撫で始めたと思えば、訳の分からない発言が飛び出してきて、あたしは首を傾げているしかなかった。あ、髪撫でられるのがイヤとかじゃなくてね。 「恋は盲目って言葉の意味分かる?」 「え、えっと…、恋すると周りのモノが見えなくなる…?」 「うん、まあそんな感じかな」 ニコッと笑ってくれた白蘭さんは、あたしの両頬に手を添えて、綺麗なその瞳にあたしを映した。 「僕が今、君に言おうか迷ってること分かる?」 「わ、分かりません」 「こういうときだけは素直だね」 褒められているのかそうでないのかはわからないけど、一応お礼を言ってみたあたしに目を見開いた白蘭さん。何にそんな驚くのかわからなかったけど、その表情は直ぐに笑顔に変わった。 「適わないな、ホント」 「え──?」 あたしの耳元で囁かれたそれは、いつもの白蘭さんらしくない弱々しくて切ない声だった。あたしを抱きしめる彼の腕に力がこもって、何だか嫌な予感が頭をよぎる。 「ねえ、愛チャン」 「は、い……」 何を言われるんだろうと、心臓が煩いくらいに高鳴って、だけどその先を聞きたくないと思ってる自分もいて。…あたし、矛盾してる。 「もう、別れの期日が迫ってきてるでしょ?」 「え、はい…っ」 「僕、こっちに未練残したくないから……死んでくれない?」 「っ!?」 まだあたしを抱きすくめたまま、サラッと迷いもなくそう口にした白蘭さんの腕は少し震えているような気がした。それが彼の気持ちを示しているようで、あたしは顔を上げることができない。 本当は出逢ったあのときにこの命はなかったかもしれない。本当はもっと早くにこの世を去らなきゃならなかった、かもしれない。 だけど─────、 あたしはそっと白蘭さんの首に自分の腕を回して、背伸びして、いろんな感情を抑えて、そっと彼の唇に自分の唇を当てた。触れるだけのキスを、した。 「!愛チャ──、」 「あたし、白蘭さんに殺されるなら本望です。だけど、後少しだけ……もう少しだけ待って」 「────」 あたしにはやらなきゃならない事がある。それが目前に迫ってきてるのに、あたしがそれから逃げて自分だけ楽になんてなれない。 黙ってあたしを見つめる白蘭さんの瞳に映るのは無理に笑って取り繕うとしてる自分。格好悪いな。 「あたし、白蘭さんが大好きだから、…だから全部終わったら、…そしたら貴方の手で、あたしを殺して…」 あたしちゃんと笑えてるかな? ちゃんとこの気持ち伝わってるかな? 「っ──」 「え、んっ!」 あたしが言い終わって直ぐだった。あたしの身体を抱きしめていた彼の腕があたしの腰に回って、さっきより身体が密着したかと思ったら、頬に伸びてきた手に顎を固定されて、そのままあたしのさっきのキスよりも荒々しい噛みつくようなキスがふってきた。 「白、らっ…さ」 「黙って……」 どうしてあたしを殺したいと言った貴方がこんなに、あたしを求めるようなキスをするの。 ねえ、お願いだから…、 これ以上、期待させないでよ。 .... (君の言葉はいつも) (僕の心を惑わす) (お願いだからそんな目で) (見ないでよ、…愛チャン) |