「こんな夜遅くに出歩いて、───何、一人で泣いてるんですか」 「え、──?」 あたしが、今一番会いたかった人の声が直ぐ後ろでして、そっとかけられた上着からは彼の優しい香りがした。 「一人で出歩くなと、忠告したばかりじゃないですか」 「骸、さん……っ」 振り返った先にいたのは、あたしが好きだと気づいた相手、もう直ぐさよならしなくちゃならない大切な、大好きな人。 「!──、おやおや」 勢いで抱きついたあたしを抱き留めて、そっと抱き返してくれる骸さんの胸に顔を埋めて、声を押し殺して、溢れる涙を流し続けた。 「っく、……うっうっ……ぐすっ」 そんなあたしを引き離すわけでもなく、あたしの落ち着く温かい手で、泣きやむまで、ずっとただ頭を撫でていてくれた。 *** 「部屋、戻ろうか綱吉君」 「うん」 近くにあった二人の気配が消えたことを察した僕は、大分落ち着いた愛の身体を一旦離し、涙を拭ってやる。本当いつからこんなに泣き虫になったのやら。 「手紙、読んだんですか?」 「うん…っ」 愛の手に握られていた手紙に気づき、そう問いかければ頷いた彼女にまたじわりと浮かぶ涙。 「愛、いつまでも泣いていては話ができないでしょう」 「勝手に出てくるの…っ」 僕の服を握って離そうとしない愛をこんな時に可愛いと、愛しいと思ってしまうのは重症なんですかね。 「いつもの強気な貴方はどこへ消えたんですか?」 「うっ、」 「明日は、思いっきり合宿を満喫すると言っていたのは誰でしたっけ?」 「うっ、」 図星を突かれたときにする反応はわかりやすくて助かりますよ。眼を泳がせて言葉に詰まっている愛は滑稽で、笑ってしまっている自分がいた。 「クフフ、…分かり易すぎて突っ込めないじゃないですか」 「骸さんて意地悪度増したっ!」 「増してません」 意地悪度って何ですかそれ。まあ、何はともあれ涙は止まったみたいですし、いつもの調子に戻ったことでよしとしましょうか。 「増したの!」 「はいはい」 軽くあしらえばまた逆上して、その相手をするのももう残り少ない。そう思えば思うほど、愛を引き離さなければ、僕も愛も傷つくと分かっているのに、どうしてもこの感情に終止符を打てずにいる。落ちぶれたものですね。 「骸さんってば!」 「!、何ですか?」 しまった。僕としたことが思考の深みに陥るとは──。 「だから、その……向こうに帰ったら、ツナに力貸してあげてね?」 「は──?」 そんなに凄い剣幕で呼んでおいて、話の主旨がそこなんですか?貴方なら僕と綱吉の関係は知っているでしょうに。何を今更──。 「ツナ、一人で頑張るからダメなの。無茶するから」 「───」 貴方の口から、他の男の話など聞きたくはなかった。それがあの二人のどちらかなら尚更。 「だから、骸さんや守護者の皆が支えてあげてほしい。あたしには手の届かない世界だから」 「!──」 手の届かない世界──。 そのたった一言に動揺する自分が情けない。それはこちらからしても同じ事だからというのもあるが──、何より愛が僕らとの別れの準備をしている事に胸が押しつぶされそうな錯覚に陥った。 ここまで一人の人間に執着したのは初めてだ。自分の全てを擲(なげう)ってでも離れたくないと思っている自分に、自分で一番驚いていますよ。 「あたし、骸さんのこと好きだよ」 「!───」 そんな時、唐突に告げられた告白。僕には貴方が何を言っているのかが理解できなかった。 「他の二人にはない¨好き¨──。だけど、気持ちは返さないで」 「───」 他の二人、綱吉と白蘭のことですか──。その二人に抱いている感情より、特別なモノが僕だと──? 「何とも思ってなくても、……その他の感情があったとしても──」 貴方も僕と同じ気持ちを抱いていたと、そう思ってもいいんですね。 「愛…」 お互いさ、辛くなるのに別れを前にお互いの幸せ奪っちゃダメだよ、と僕に向けた愛の笑顔は、切なく儚いモノだった。 この気持ちを言葉にしてしまえば楽になれるかと問われれば、それは首を横に振ることになるでしょう。 愛の言う通り、互いの幸せを奪い合うことになる。まあ、僕に幸せなどという言葉は無縁でしたが…、今は貴方と過ごすこの時間が僕にとっての¨幸せ¨ですから。 別れなければならない運命で、それが間近に迫っていると分かっているなら、僕がこの気持ちを口にしなければいい。ただそれだけのこと──。 ですが、これくらいは許されるでしょう? 「ありがとうございます、愛」 「!──っ…うんっ」 額に触れるだけのキスを落とした後に、そっと抱き寄せ、それだけを口にした。 .... (僕たちの関係はこれでいい) (貴方に愛されて、僕は幸せです) |