結局、合宿に参加しながら一度も滑れないまま一日が終わろうとしていた。 「ちょっと寒かったかな…」 部屋にいても中々寝付けなかったあたしは、美和が寝てしまってからこっそり部屋を抜け出して、生徒立ち入り禁止だったホテルのテラスに出ていた。 上着も着ないで出てきたせいか、夜風は凄く冷たい。だけどその冷たさがまた、不思議とあたしを落ち着かせてくれる気がする。 眼を閉じて、頭の中で今日聞いた話を整理してみる。あの後、三人に強制的にホテルに連れ帰られた後に聞いた話も、結構衝撃的だったんだよね。 紫苑さんが、パパの安全を考えて、死んだという事にしていたってこと、そして、少しでも役立つように自分の弟と必然的に引き合わせたこと、それから涙ながらに頭を下げて謝ったこと。 それから───、あたしの初恋は実っていたんだって事──。 「紫苑から最後にお前に手紙を預かっていたんだ」 「え──?」 「後でゆっくりと読みなさい」 その手紙っていうのが今、あたしの手にある一枚の封筒の中に入ってる。もちろん無開封。 「ふー、よし!」 覚悟を決めて開封したそれに書かれていたのは、紫苑さんの悲痛な思いを連ねてある文章だった。 *** 君がこの手紙を読んでるって事は 俺の人格は、もう存在すらしてな いんだろうね─。本当にごめん。 俺はね、解離性同一性障害ってい う厄介な障害を持ってるんだよ。 その障害は、自分以外の誰かが俺 の知らない間に出てきて、また知 らないうちに俺自身に戻るんだ。 だからその間の記憶はないし、あ ったとしても断片的なもので、あ んまりよく分からないんだよ…。 そんな生活を続けている中で君に 出逢えた。君のお父さんには凄く 感謝してるんだ。それなのに、そ んな大切な君に俺はしてはならな い大罪を犯した。君のお父さんに も、償えないくらいの事をした。 何で、こんな記憶は鮮明に残るん だろう。俺の中の別の誰かがやっ たなんて事で済まされないよね。 きっと今でも、君には多大な迷惑 と、苦痛を味あわせてると思う。 だけど俺にはどうする事も出来な いんだよ。この手紙を書くのも、 自我を保つのも、胸が押しつぶさ れそうで、いつ、自分を失うかっ て、消えるのかって、凄く怖い。 だから、伝えられなかったことを こんな形になってしまったけど、 伝えておきたかったんだ───。 俺は、君を心の底から深く、深く 愛していたよ──。これだけは、 どうか、忘れないでいてほしい。 いつかまた、君と笑い合っていた あの頃に戻れたら、いいな─…。 ポタ、ポタ───── 最近、手紙読んで泣かされること多いな。頭は冷静なのに、次から次から溢れて止まらない涙は、手紙に落ちて小さな染みを作る。 「あたしも、大好きだったよーっ」 あたしだって紫苑さんが大好きで、大好きで仕方なかったんだ。振り向いてくれるように勉強頑張って、いい高校行こうって、頑張って───っ。 なのに、あんなことになっちゃって…っ。許せないはずなのに、許しちゃダメなはずなのにっ。 こんな真相知っちゃったら、貴方だけ責めるなんて出来ないよっ。だって、今の紫苑さんの人格だって、あたしを大切にしてくれてたんだよ? 確かに無理矢理犯されたし、殴られたりとかしたけど…、一度だって射精なんかされなかった。酷い傷の時は手当もしてくれてあった。 ママや弟たちには優しくしてくれてた。パパの会社だって潰さずにいてくれた。マフィアのボスとしての紫苑さんも、ちゃんと、ちゃんと紫苑さんだったの──っ。 弱かったのはあたし。何も出来ずに全部貴方の所為にして逃げていたのはあたしなんだよ。…あたしが消えちゃえば全部、全部元通りになるのよっ! あたしなんか存在してなければよかったんだ───っ。 ─ねえ、夢の中のあたしは逃げたんでしょう? ─それで、何か変わってた……? あたしは逃げられない。消えちゃいたいけど、もう存在すら消してしまいたいけど、今まであたしを支えてきてくれたモノを全部踏みにじるなんて出来ない。 矛盾───、そうなってしまうのは仕方のないこと。弱いあたしは誰かに支えられて、誰かに必要とされないと生きてなんかいけないの─。 「あたし、どうしたらいいの──?」 あたしは貴方を愛していていいの…? 「骸さん…っ」 「白蘭さん…っ」 「ツナぁ…っ」 |