「九条先生!」 「私と滑ってー!」 「こらこら、」 俺の前に群がる女子生徒の対応に追われる中、頭の中にあるのは愛の事だけ。最近、¨紫苑¨が俺を押し込めようとするから頭が痛くてたまらんし。 大体、俺が興味のある女は愛だけだ。他の奴なんか眼中にないし、いれようとも思わない。 「愛チャンなら私たちの班だよ!九条センセー!」 「分かってるよ」 そんな事とっくに調べてあんだよ。愛がこの合宿に参加することも、家族の情報を流せばつれるのは分かってたしな。後は、どう落とすかだ。 「あー、いたいた!紫苑さん!」 「?!──」 そんな考えを巡らせていた俺の元に走り寄ってきたのは、¨紫苑¨から人格を奪ってから一度だって俺の名を呼んだことのなかった愛だった。…て言うか、何でそんな笑顔なんだ。 「愛…」 俺が驚きを隠しきれないまま独り言のようにそう呟いた俺の声は、愛を追いかけてきたあの邪魔な三人が来たことであがった歓声により、綺麗にかき消された。 「キャー!六道君!」 「白蘭くーん!」 「あ、あの!ツナ君っ!」 「いや、ちょっと退いて下さい」 「んー、退いてくれないかな?」 「え、ちょっ────」 三人がギャラリーに捕まったところで、ガラリと開いた空間。あたしは、今は義父である紫苑さんの前まで歩み寄ると、彼はいきなりのことに驚いたのか、目を丸くしていた。うん、正常な反応ね。 「貴方、解離性同一性障害だったのね」 つ、詰まらずに言えたーっ; 「!───、夕吏か」 「うん」 内心バクバクの心臓を抑えて、焦る気持ちを冷静に保って、正直に頷いたあたしを落ち着いたのか、冷静に戻った彼は酷く冷たい瞳を向けた。 「同情ね。そんなのいらないからお前の体で癒せよ」 ─ただ、俺は君の笑顔が自分にだけ向けばって思ったんだ…。 生徒が聞こえない、見えない範囲であたしにそう言って手を伸ばした紫苑さんの手をそっと握る。話を聞く前なら気持ち悪くて叩いていたのに、なんか不思議。 それに、紫苑さんの声が聞こえた気がしたから、きっとこれは自然な流れなんだ。 あたしはツナが言う様ないい人間じゃないから、紫苑さんが昔の彼に戻ってくれたらとは思っても、許せるかどうかは分からない。 それくらいに精神的ダメージと肉体的ダメージは大きくて、あたしの心は立ち直れないまでに深く暗い奈落の底まで落ちていたの。 だけど、それを救ってくれたのが、遠回しにでも、わかりにくくても傍で笑いあってバカやって、支えてくれたのが、あの三人だったから──、だからあたしの傷は癒えたんだよ。 だったら次はあたしの番でしょう─? 「あたし、貴方の人格はハッキリ言って大嫌いだよ」 「───」 「だけど、貴方があたしを大切に思ってくれてたっていうのも分かったから……、だから、助けてあげる」 ただの偽善と言われればそこまでだけど、あたしはそれでも構わないよ。だって、あたしの大好きだった紫苑さんは確かに貴方なんだもん。 「!何言って──」 「あたしの初恋、踏みにじった責任は重いんだから!」 「っ?!」 紫苑さんが声を上げる前に遮って、彼にビシッと人差し指を向けたあたしはハッキリとした声でそう告げた。何かね紫苑さんの反応が凄く面白いんだ。 「愛!もう気が済みましたね?帰りましょう、今すぐに!」 「わっ、ちょお骸さん!」 そして最後に言わなきゃならない事を言う前に、後ろから勢いよく腕を引かれた。顔を上げれば、疲れ切ってる骸さんがいて。 「強制連行だよ。骸君、担いじゃって」 「指図されるのは気に入りませんが、この際仕方ありませんね」 「わわっ!?ちょっと!白蘭さんが変なこと言うからー!」 ギャラリーの群から抜け出てきた白蘭さんによって出された指示に、骸さんが珍しく従って、あたしは軽々と担ぎ上げられた。本当に肩に担がれたんだよ!姫抱きとかじゃなくて! 「愛、暴れると落ちるよ;?」 「じゃあ助けてよー」 「いや、それはちょっと;(俺もまた囲まれるのはごめんだし…」 「ツナの薄情者ーっ」 バタバタと暴れていたあたしに声をかけてくれたツナに助けを頼むものの、苦笑いで交わされてしまった。もう最悪じゃんかー! 「彼の様子を見てみなさい。動揺はしていても、人格には何の変化もないでしょう」 「え──?」 心中で悪態をつきまくっていたあたしの耳に届いたのは、いつもより幾分か低音ボイスの骸さんの声。多分彼ってのは紫苑さんの事なんだろうけど…。 「骨がおれるね、これは──、て事で勝手な行動は慎んでほしいな」 「うっ」 笑顔の奥にある有無を言わせない圧力がずしりとかかって、白蘭さんを直視できない。久々にこの笑顔向けられた気がするな…。 「追いかけるこちらの身にもなって下さい」 「べ、別に追ってこなくても──」 「「「愛(チャン)」」」 「はい、失礼しましたー」 三人って、こんな時だけ息ピッタリなんだから。3対1なんてどう考えたってあたしの方が分が悪いじゃん。 そう思いながらも心配してくれた事に喜びを感じて、何だかくすぐったい気持ちになりながら落ちないようにしっかり骸さんにしがみついた。 .... (大丈夫だよ。紫苑さんは強いもん) (きっと戻ってきてくれるっ) (¨紫苑¨が、目を覚ました…?) (じゃあ俺は、消えてなくなるのか─?) |