俺が物心つく前から、兄貴は親父に虐待されてた。…おふくろは俺を庇ってたし、兄貴まで助けてやることができなかったんだ……。 「もう止めて!紫苑が死んでしまうわ!」 「煩ーな!こんなガキ一匹死んだって大した事ねーんだよ!」 「お兄ちゃんっ……」 「夕吏は来ちゃダメだ…部屋に戻って」 兄貴が嫌いなんて、憎いだなんて思ったことなんかホントはねぇんだ。いっつも傷だらけなのに俺やおふくろを責めたりなんて一度もした事なかったし、いつも俺のことばっか優先してた。 危ないときはいつも体張って助けてくれた。そんな兄貴がおかしくなったのはいつからだったんだろう。何で俺は助けてやれなかったんだろう。 「俺、何も出来なかったっ」 「九条君……」 兄貴がおかしくなりはじめて、解離性同一性障害だって診断されてからも、日常生活には大きく影響することはなかった。それどころか、いつからか兄貴のもう一つの人格が現れなくなったんだ。 「兄貴、あ、あのよ。何かいい事でもあったのか?」 「!──、守りたいと思える子が出来たんだ」 そう言って笑った兄貴の笑顔は今でも鮮明に思い返せる。その守りたいって奴が、兄貴の元の人格を保たせてくれてるんだって、俺はそいつに凄く感謝したんだ。 「それって、愛──?」 「え!そんな訳──」 「そうだぜ。……兄貴に笑顔を取り戻してくれたのはお前なんだ、愛」 「嘘…、あた、し──?」 俺の話に、何の迷いもなく愛の名を出した沢田にも驚きだけど、それを感じていたのが愛以外の全員だという事に、やっぱ愛の魅力はここにあるんだなと再認識させられた。 「解離性同一性障害、あの子がいてくれたら治せる気がするんだ」 「兄貴……」 「不思議だろ?──、俺よりいくつも年下の筈なのに俺があの子から貰う力は凄く大きいんだよ」 「!──、いつかさ、兄貴とそいつと三人で話してみてぇな」 「ああ、きっと愛チャンも歓迎してくれるよ」 そう言って笑ってた筈なのに、あの日の夜、悲劇は起きちまったんだよな。…愛が大切過ぎた兄貴は、自分でも気づかねぇうちに独占欲っつーのが生まれてたんだと思う。 だから自分の知らない間に、自分とは違う別の誰かを呼び覚ましちまったんだ。結果的に守ろうとしたモノを壊して、願った幸せを自分から打ち砕いた。 今の兄貴に以前の人格は欠片も残っちゃいねぇ。 「俺が知ってるのここまで。後は一成さんが知ってる事実のみだぜ」 話し終わった俺の手は震えてた。それが何の感情からくる震えなのかは分からねーけど、何か情けなくて顔上げらんねぇんだよ。 ギュッ───── そんな俺の手を包み込むように握ってくれたのは、俺も兄貴も惚れた女、愛だった。 「ごめん……っ」 「愛…?」 「ごめんねっ」 「…何、謝ってんだよっ」 愛の瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちていて、俺の手を握る愛の手は小刻みに震えていた。俺には分からなかった。何で愛が泣いてんのか、何で謝ってくんのか。 「愛が泣いてる理由、分からないんですか?」 「え──、」 「愛は優しいから。きっと言わないだろうけど、今でもどこかで紫苑さんを許したいって思ってるんだよ」 「!───、」 冗談だろ?苦笑しながら泣いてる愛の頭を撫で、そう語る沢田と六道にも驚いたが、愛がそんな風に思っていてくれた事にも驚きを隠しきれなかった。 「愛チャンてとことん甘い人間だからね、ほらいつまでも泣いてたら目腫れるよ」 「いつからそんなに泣き虫になったんですか、」 どこから出したのか、という突っ込みを入れたくなる程の早さで、愛の涙をハンカチで拭う六道に俺の手から放れる愛の手。 チーンッ その瞬間聞こえた音に三人は一気に吹き出した。いや、俺と一成さんは流れについてけなくて呆然としてたんだけどな。 「女性として、ハンカチで鼻かむってどうなんですかそれ」 「だってー」 「あははっ、うん、可愛い可愛い」 「白蘭さん、ぐしゃぐしゃんなるっ」 「愛が涙でボロボロじゃん」 「ツナ煩いっ!」 最後のしめに苦笑してそう言った沢田に、さっきまでの重たい空気は一気に取っ払われて、俺と一成さん、神童の前には四人の穏やかな笑顔が広がっていた。 「ここまでに深い仲だったのか──」 「一成さん…?」 「彼らと別れた後の愛が心配だ」 「!──、そう、…だよな……」 「九条……」 今ある愛の笑顔はアイツ等三人のおかげなんだろ?俺にはその代わりなんかつとまんねーんだよ。それこそどんだけ頑張ろうとさ…。 近くで俺の気持ちを察したのか、そうでないのか、俺の名を呼んだ神童の声が、遠くに聞こえた。 .... (よし、紫苑さんとこ行こ!) (また、唐突に何を──) (思い立ったら即行動!行こツナ!) (え?!俺──!!) (一成さん、止めないのかよ) (もう遅いんじゃないのか?) (確かになあ…(苦笑) |