「もう、2人してイジメるんだからっ」
家を飛び出して、そのまま屋上に来ていたあたしは体育座りをしてブツブツ文句を言っている危ない子になっていた。てゆーかさ、薬忘れてきたんだけど。
「何、ブツくさ言ってんだよ」
「もう聞いてよ、颯、斗─?」
「…一人できてやったんだ。感謝しろ」
あたしの隣にストンと腰を下ろした今は遠くなってしまった幼馴染み。昔からのノリみたいなもので自然と話を振っていた自分に吃驚だ。
「で、話って何」
突き放すような冷たい言い方に胸の奥が少し痛むけど、今はそんなこと言ってられない。薬は忘れたけど、伝えたいことはそれがなくても伝えられるから。
「紫苑と手を切って」
「…突発な奴」
確かに自分でもそう思うよ。だけど、あたしにだって限られた時間てモノがあるんだ。いつまでものんびり幸せボケなんてしてられない。
「真面目に聞いて」
颯斗の服の裾を掴んで、真剣に彼の目を見て一字一句強めてそう口にする。だけど颯斗の表情は全く変わらない。
「もう、お前の颯斗は戻ってこない。いい加減諦めろよ」
「あたしの颯斗って何?─貴方だってあたしの大切な人には変わりないよ」
「!───、大切?散々傷つけといてよく言うよな!」
きっとこれを言われるのは二度目だ。初めて彼の人格が表に出てきた時と、今と──。
動揺している颯斗にあたしは一切の同様を見せず、彼の手をギュッと握る。助けてあげたい。苦しいならあたしがずっと側にいたい。それで貴方が少しでも楽になれるなら……。
「颯斗、──」
「哀れんだって別に何も変わりゃしねーんだよ!……今、お前の側にいるアイツ等だって、傷ついてるだろ!」
「え──、」
アイツ等────?
骸さんたちのこと?
何で──…?
「誰も傷つかねー恋愛なんてねーよ、……けどな、お前は周りにいる全員を不幸にも出来る」
よく、考えろとあたしを叱る様ににそう言った颯斗の言葉の意味が分からない。どうしてあたしが皆を不幸にするの──?…そりゃあ、こんな面倒ごとに巻き込んで幸せにしてるなんて言えないけど…。
皆、笑ってるよ──?
不幸だなんて、一度だって──…。
「お前、今好きな奴いねーのか?」
「え、……何で?」
「俺を含めてアイツ等全員、お前を一人の女としてみてる。──、選べって言われたら選べるのか?」
一人の女としてみてる?それって、あたしを特別視してるってこと…?三人が、あたしを────、
好きってこと───?
選ぶって、な、に──?
「な、何言ってるのよ、有り得ないって!あたし汚れてるしっいいとこ一つもないしっ我儘だし、そんな好かれる要素な──」
「自意識過剰、じゃない。……お前はいい女だ」
あたしに人から好かれる要素なんてない、そう言い切ろうとしたあたしの言葉を遮って、何の躊躇もなくそう口にした颯斗に思考回路がショートする。
「颯、斗──?」
急に優しくなった口調に緩んだ空気。颯斗が紡いだ言葉に驚きを隠せない。何で、なんて聞き返せる余裕さえもてなかった。
「──、紫苑とは手を切れない。まだお前のとこには戻れない」
「────」
まだ───?
それって、期待していいって事?
「クリスマスの後に恒例であるスキー合宿。それが最後のチャンスだ」
「え、?」
真っ直ぐに前を見据えたまま、あたしの握っていた手を強く握り返した颯斗の横顔に、言葉の意味を理解しながらも別の何かを感じ取ってる自分がいる。
「……俺も見張られてるんでな、───」
「!……」
ギュッとあたしの手に握らされた何かに颯斗の小さな声。最後に頭を撫でられた感覚は間違いなく、幼馴染みである彼のしてくれるモノと同一だった。
「颯斗!」
「──」
「絶対に助けるからっ」
「!──、ああ」
気がついたら無意識に颯斗の背中にそう叫んでいて、彼はそれを受けて小さく頷いてくれた。これでハッキリしたよ…。
パタンッと閉まった屋上の扉。あたしの頬には溢れんばかりの涙が伝っていて、それは颯斗から受け取った一枚の封筒にポタポタと落ちていく。
─「颯斗は生きてるから」
颯斗はまだ助けられる。手遅れなかんかじゃなかったんだ───っ。
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Dear愛
お前を傍で守ってやれない事、凄ぇ
辛い。けど、分かってくれ。俺は俺
なりのやり方でお前を守るから…。
それに、お前の傍にはあの三人と、
今は九条もいる。俺がいなくても傍
で支えてくれる奴らがいんなら大丈
夫だよな?……人格の破壊で一時は
どうなるかと思ったけど、こいつは
やっぱり俺だから、ちゃんと分かっ
てくれてる。絶対帰れるから……。
信じて待っててくれよ。泣くなよ?
それで、紫苑の動きだけどな、日本
にある別荘にお前の家族を連れ帰っ
てきてやがる。…最悪、命の保証が
出来ない状態だ。冬休み入って直ぐ
に恒例であるスキー合宿が最後のチ
ャンスだと思う。…参加してくれ。
あの三人が12月30日に元の世界
に帰されるのは九条から聞いてると
思うけど、それは事実らしい。だか
ら間に合わなくなる前に、三人の力
借りて紫苑の組を潰せ。上手くいけ
ば、紫苑等を刑務所にぶち込める。
お前の家族も助かる。俺たちも今ま
で通りの生活に戻れるから、だから
最後まで諦めねえで、頑張るぞ…。
Flom颯斗
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「12月30日────、」
颯斗の手紙に目を通して自然と全てを受け入れることが出来た。皆があたしに何かを隠している事をなんとなく分かっていたからかもしれない。
でも、やっぱりその早すぎる別れに頭では理解出来ても、心が拒絶反応を示してるみたい。
「早いよ……もう、───」
屋上の壁に背を預けて、ポロッと零れ落ちる涙を拭える力もなく、ただその手紙をギュッと握りしめていた。
「あたし、バイバイ言えるかなっ…」
あたしの心に反して碧く広がる青空から目を背けるように、そっと腕で目を覆って声を押し殺して泣いた。
笑顔でさよなら言えないのは自分が一番よく分かってる。
....
(家族を人質に取られているのに)
(一番に心を捕らえられたのは)
(三人との別れを告げた文面) |