リョーマ君とメールをするようになって一週間が過ぎた頃。 いよいよ始まる地区予選。難なく勝ち進んだ青学は明日、無名の不動峰との対戦が決まった。不動峰がここまで勝ち進んできたのは初めてらしく、皆も油断のないように努めていた。 「リョーマ君、頑張ってね」 「…ん」 「怪我しちゃだめだからね…」 「…心配しすぎ」 あたしが最後の試合に向かうリョーマ君を引き留めてグダグダ言うもんだから、額を人差し指で突かれた。 最後にニッと笑ったリョーマ君は帽子をかぶり直してコートにはいっていく。こんな時に場違いだな、と思いながら、向けられた背に格好いいな、と思う自分が居た。 「あ、…勝ったらさ、話あるから…」 「え、あたし?」 「アンタ以外誰がいんの?」 「分かった!じゃあ待ってるね!」 入って直ぐに思い出したかのように振り返ってそう言ったリョーマ君に、何故か胸の辺りがモヤモヤしていた。このまま、何もないことを祈りながら、最終試合は幕を上げる。 「相手の人、二年生なんだって…大丈夫かな?リョーマ君」 「桜乃チャン…」 隣で一緒に応援していた桜乃チャンは凄く心配そうな顔をして試合を見ていた。確かに心配だけど、あたしは信じて応援したい。 そんなあたし達の願いは届かなかったのか、試合の中盤に差し掛かった頃、リョーマ君の動きがおかしくなった。 「動きが変…」 「美咲チャン…?」 あたしが見る限り、一定時間にまるで腕が静止してしまったかのように動いてない時がある。 「乾先輩…あれ、スポットなんじゃ…」 「!そうか、スポットだ…」 ずっと考えていたみたい乾先輩に話を振ったら、思い出した!と言わんばかりの表情。あたしは、テニス自体は下手だけど、こういう知識的なことは分かる方だ。 そこから乾先輩の解説が始まって、皆にもスポットの正体が伝わったみたい。だけど、このままコレが長く続いたらリョーマ君…勝てない。 「っ!」 「あ!」 そう思った矢先、腕が使えないと分かってか、体を使ってボールにラケットを持っていったリョーマ君。 だけど、それは叶わずにラケットが鉄柱に飛び、そのまま折れた。それはそれだけで済まずに、ラケットの破片がリョーマ君の顔面直撃。 「リョーマ君!」 直ぐ様飛び出した桜乃チャンはリョーマ君にコートから出てけと言われて、竜崎先生がタイムをとり、リョーマ君を連れてきた。…あたし、動くことすら出来なかった…。 「…リョーマ君…」 「大したことない…」 心配かけまいとそう言ってるんだろうけど、押さえた左目から流れる血は大した傷と一目で分かる。 「美咲チャン、」 「あ、はい」 あたしは大石先輩からガーゼを受け取ると、左瞼のパックリ裂けた所にそっとガーゼをあてがう。 「いっ…」 「ごめん、」 痛がるリョーマ君には悪いけど、少しの痛みは我慢してもらわないと仕方ない。だけどガーゼを当てるものの…血は止まる気配を見せない。…これじゃ試合復帰は無理かもしれない、ていうか駄目だよ。 「君、試合できそうかい?」 「余裕ッス」 「越前!無茶言うな」 リョーマ君を心配してくれてる大石先輩は棄権を進めた。確かにリョーマ君が棄権しても次は手塚先輩だから、¨負け¨はない。 「…棄権は出来ないッス」 「だけどな、血が止まらない以上…」 「大事な約束があるンスよ…、俺が優勝決めなきゃいけないンス」 そう言ったリョーマ君は、あたしの方を見てキリッとした表情をしてから手塚先輩を見た。 もしかして、あたしの為──…? トクンッと高鳴った胸に、あたしはリョーマ君が試合前に言った言葉を思い返していた。 「あ、…勝ったらさ、話あるから…」 「え、あたし?」 「アンタ以外誰がいんの?」 「分かった!じゃあ待ってるね!」 あの約束を守ろうとしてくれてるの…?別に棄権したって話があるなら言ってくれて構わないのにっ。怪我までして無理矢理、試合しなくたっていいのにっ。 今にも泣き出しそうになっていたあたしを置いて、試合をすると言い切るリョーマ君。…止められない自分が歯痒くて仕方ない。 「ったく、アンタは…おいでリョーマ」 「?」 そんなリョーマ君に棄権を諦めたと言わんばかりに溜息を吐いた竜崎先生。 「大石、救急箱持ってきておくれ!」 「は、はい!」 竜崎先生が急にリョーマ君を呼んだかと思ったら、救急箱からガーゼと消毒液などを取り出して応急処置を始めた。…試合、出すつもりなんだ…。 「痛いけど我慢しなよ」 「いっ──!」 余程痛かったのか、あたしが手当していたときの倍の声を出して痛みを耐える彼に胸が痛んだ。代われるなら代わってあげたいよ。 「アイツはこんなんじゃめげたりしねぇよ」 「桃先輩…」 「ほら、美咲チャンが渡してやんな」 「あ…」 そう言って桃先輩が差し出してきたのは、折れたラケットの代用。 「ほら、」 「…はい!」 あたしは桃先輩からラケットを受け取ると、手塚先輩と話し終わったリョーマ君の前に出た。大丈夫、ちゃんと言おう。 「…負けないで」 「当然…」 パシッと音がしたかと思ったらあたしの手からリョーマ君の手に渡っていたラケット。 あたしは、リョーマ君が勝つって信じてるから───…。 *** それから試合は、接戦になりながらも手塚先輩と約束したらしい10分の時間を守って、リョーマ君の勝利で幕は下りた。 「どーせあの子のおかげたろ…?そりゃそうだろうな…好きなんだろ?勝ったら何か言うとか約束でもしてたんだろ」 「まあね」 二人の会話はよく聞こえなかったけど、納得のいく終わりになってよかった。 二人の最後の握手が何よりの証拠だよね───…。 .... (オチビの奴ー、美咲チャンの前だからって無理しちゃって) (約束、気になるね) (もちろん陰ながら観察させてもらう) (俺もー♪) |