「不二先輩?」 「ん?」 「何か怒ってます?」 「!…怒ってないよ」 不二先輩はあたしの言葉に一瞬だけど目を見開いて、直ぐに笑顔に戻るとあたしの頭をクシャッと撫でてコートに入った。その不二先輩の背中を見つめながら、あたしは何だか納得できない思いに胸の内がモヤモヤしていた。 怒ってるのは間違いないんだろうけど、その怒りの矛先が誰に向いてるのかが気になって──。 *** 「いい試合にしましょう」 「…」 美咲ちゃんに指摘されるくらいだからきっとかなり怒りが表情に表れてるんだろうね。 観月が裕太に教えたあのツイストスピンショットは、この成長期に打ち続ければ確実に肩を壊す。 そんなこと、教えた本人が知らないわけない。この苛立ちは彼女に向けてではなく、観月に向けたものだ。 弟を利用したことは許さない──。 あたしがベンチで見守る中、試合は最悪な方向に進んでいき不二先輩は観月さんに押されっぱなし…。ついには5─0にまで引き離されてしまった。 「念の為聞いとくけど、あれ裕太に負担がかかると知っていて教えたのか」 「打倒兄貴に燃えてる彼にはピッタリだと思わないかい?」 「そう…」 そして試合が進むにつれ、何だか二人の間に流れる空気がガラリと変わった気がする。端から見ても分かるくらいに空気が重たい。 「美咲、ラケット取ってくれる?」 「!は、はいっ」 ついつい思考の深みにはまっていたあたしは、不二先輩の言葉で我に返ってベンチにたてかけてあった代え用のラケットを急いで手渡す。 ふ、不二先輩までちゃん付けじゃなくなった…汗 「ありがとう」 「!…あ、あのっ」 「何?」 あたしが不二先輩にラケットを手渡したら返ってきた笑顔は作りモノで、つい呼び止めてしまった。何かそのまま試合に戻しちゃいけない気がして…。 「…あたしは、不二先輩が負けちゃうとこなんて見たくないですから!」 「!……負けないよ」 あたしの言葉はきっと届いたよね? 小さいけどハッキリ聞こえた不二先輩の自信に満ちた声に、勝手にそう解釈して、肩からかかる彼のジャージをギュッと握る。 *** 「ゲームセット!7─5青学不二!」 「「わぁあ!!」」 主審の試合終了の合図で、一気に周りが凄い熱気に包まれて─、それは紛れもない青学の勝利を表していた。 「おめでとうございます!不二先ぱっ──!?」 「ほら、勝ったでしょ?」 ふわっと浮かんだ体に、あたしより下にある先輩の顔──。 ジャージを羽織ったまま、タオルを持って駆け寄ったあたしは不二先輩に抱き上げられて今その状況にある。俗に言うあれだ。赤ちゃんが親にたかいたかーいってしてもらうみたいな感じ。 って!! 不二先輩に抱き上げられてる// 「先輩っ重たいですから//」 「そう?軽いけど」 「だめですって//って不二先ぱっ─!」 次の瞬間、真っ赤になって暴れるあたしの額にピトッとくっついた不二先輩の額。やばい、もう恥ずかしくて頭真っ白…! 「ありがとう」 「ふぃー//」 最後に不二先輩のお礼が聞こえたと思ったら、目の前がぐるぐる回ってそのままあたしの意識は途切れた。 「あー、気失っちゃって」 「不二先輩!アンタ何考えてンスか!」 「ああ、越前…」 「¨ああ、越前¨じゃない!人の彼女に何してンスか!」 美咲が目を回して気を失ったそこに現れた越前は激怒し、いつも通りニコニコしたまま接する不二は美咲を越前に手渡した。 「熱中症かもしれないね、日陰に連れて行ってあげて」 「え、」 不二は越前の肩をポンポンと叩くとスッキリしたような顔をしてその場を後にした。 .... (兄貴、……) (コンソレーション、勝ち上がってきたらまた試合しよう) (!おうっ) |