忍び寄る黒い影は、大きな大きな嵐を呼ぶ──…
───陰り事
「じゃあ、隼人さん」
「しっかり馴染んだな、その他人行儀」
あたしと隼人は、額をコツンと合わせて笑い合いながら、言葉を交わす。この瞬間が何より幸せだったりする。
「隼人だって、喧嘩の歯止めきかないくせに」
「……あれはわざとだろ」
「うそ」
「いいんだよ、たまにはああやって馬鹿みてぇに喧嘩すんのも」
日頃のストレス発散だろ、と笑い流す隼人に確かにと笑い返してみるも、本心ではあの喧嘩は嫌いじゃないとちゃんと心が言ってる。
恋人ってただ愛を囁き合うだけじゃ駄目だと思う。時には喧嘩して、衝突してでも自分の意見をきちんと伝える必要があると思う。
あたしと隼人は、この半年間もちろん衝突したし、別れの危機だってあった。
それでも別れなかったのは、あたしが、彼が本当の愛を知っているから。些細な事じゃ決して壊れない¨絆¨という名の愛を知っているから。
だから、今度だって必ず乗り切れると思う。隼人があたしにこうして笑いかけてくれるだけで、¨好きだ¨と¨愛してる¨と言ってくれる限り。
「そろそろ行くか…」
「ん…、もうちょっとー」
「……アホ、流石に怪しまれるだろ」
特にお前、とデコピンされて軽く痛んだそこを押さえる。隼人って手加減て言葉知らないんだよ。
「まだ離れたくないもんっ」
「俺も離れたくねぇけど?」
「……やだ」
「やだじゃねぇだろーが」
ギュッと抱きついて離れないあたしに、隼人は溜息をこぼしながらも、あやすように背中と頭をポンポン、と優しくたたいてくれる。そんな優しさが余計にあたしの胸を切なくさせる。
「こら愛、いい加減にしろ」
「いひゃいー(痛いー)」
「アホ面が益々酷いな」
ムニッとつままれた頬に呂律が回らない中、そう呟いたら隼人の笑顔。やっぱり格好いいな、とか…可愛い、とか…癒されるなんて思いながらずっと見上げていると、隼人の手があたしの頬を滑って、垂れていた髪を耳にかけてくれる。
こうする時は決まってキスだ。
「目、瞑らねぇのかよ」
ほらね?
「ん、はい」
「ったく、……」
何がはいだ、と苦笑する隼人のキスを目を瞑って待った。この待ち時間は今になってもドキドキする。初心に戻るとでも言うのだろうか。
それは分からないけど──
「ん…、」
唇に触れる貴方の唇から伝わる熱は、あたしにたくさんの¨幸せ¨を運んでくれるから。今は、ただその一つ一つの幸せを元気に代えて、頑張るよ。
「行くぞ」
「うんっ」
だから貴方も、あたしが感じる幸せを一緒に感じていてほしいの。
たとえこれから先の未来が真っ暗闇でも、小さく光るその幸せの欠片をかき集めて、二人で這い上がれるように──。
その幸せを掴み取れるように───。
***
「隼人さんがあたしの服に珈琲こぼすからですよ!折角ツナさんがくれた貴重な服なのに!」
「すいません、十代目ー!!」
「あたしに謝罪するべきですよ!」
「てめぇは関係ねぇ!つか謝っただろ!」
「……お前らさ、ちっさい事で一々…(呆)」
あたしと隼人は別々に会場に行き、只今ツナさんに嘘の報告中。隼人があたしがツナさんから買ってもらった服に珈琲こぼしました設定。でも、これ実話なんだよね。
ツナさんは、あたしと隼人の口喧嘩を聞きながら、目頭を押さえて深い溜息をついていた。
「とにかく、隼人はパーティーに戻れ。愛は挨拶回りあるから一緒に来て」
「えー」
「なに?遅刻しといてイヤとか言うの」
ニコッと綺麗に笑ったツナさんに、さあっと血の気が引いたあたしは、慌てて否定するとツナさんの後を追う。
「……頑張れよ」
「!──うん」
すれ違い様に、いつもは言わない声かけをしてくれた隼人を不思議に思いつつ、頷いて返すと、ツナさんの側に慌てて駆け寄った。
まさか、彼がそのやり取りを盗み見聞きしていたなんて思いもしないで。
「愛」
「はい?」
「あんまり俺を怒らせないでね」
「?はい」
あたしの方を見ずに前を見据えたまま紡がれたツナさんの言葉の意味を、口喧嘩のことかなと軽く解釈していたあたしに、想像もしなかった事態が待っていた。このときはまだ、気づく事なんてできなかったけど。
まさか、彼女があたしを苦しめる人物になろうとは思いもしなかったから──。
「愛、久しぶり」
「り、ん……?」
あたしは、目の前でニコリと笑う一人の美女にただただ立ち尽くすことしかできなかった。
大きな嵐が来る──。
...
(ねぇ、何で?)
(久しぶりだなんてやめてよ) |