大きな不安が現実となる時、君は傍にいない──… ───紅き事 屋敷半壊で騒ぎが収まったのは、昨日の話。ツナさんが戦闘体制に入って場を鎮めたんだそうだ。─あたしは、骸さんによって避難させられてたから何の被害もなかったんだけど。 「あー…頭痛ー」 「ツナさんから伝言。今日はゆっくり休んでだって」 あたしは、隼人の部屋にて彼の付き添い。身体中をズタボロにやられたあげく、風邪まで拗らせた隼人は、目を腕で覆い隠して、ベッドで安静にしてる。何か格好悪い姿を見せたくないんだってさ。 もう何度も、見ちゃったけどね。 「…愛、」 「んー?」 「─やっぱ何でもねェ…」 「何よ、どうしたの?」 「何でもねーよ」 林檎を剥きはじめたあたしを呼ぶ弱々しい声に反応して、その手を休めず返事を返せば、隼人は何でもないとあたしに背を向けた。─そう言えば、隼人って熱とか出しちゃうと極度の寂しがり屋になるんだっけ。 「一緒にねよっか」 「…………、」 無言は肯定と見なしましょう。あたしの問い掛けに一瞬肩を跳ねさせた隼人に小さく笑うと、剥いた林檎を冷蔵庫にしまってから、そっと彼のベッドに潜り込んだ。 「隼人ってば、素直じゃないんだから」 「…煩ーよ」 あたしがベッドに上がってすぐ、ギュッと抱きしめてきた隼人が、何だか可愛くて、クスクス笑っていれば、不意にその唇を彼のそれで塞がれた。 「ん、っ──」 「─愛…」 「ちょ、ちょっと!風邪引──」 「黙ってろ──」 深い口づけに慌てて身体を離そうとしたあたしは、簡単に隼人の腕の中に引き戻され、身動きの取れない状態に持っていかれた。 腰に回された手がそっと服の中に入り込んできたかと思ったら、ブラのホックが外されて。朝から欲情するなー!とは口が塞がれているために言えず、エスカレートしてく隼人の行動にストップをかけるべく、あいている手で彼から離れようともがいた。 「痛──っ」 「あ、ごめ──っ!」 「バーカ…」 それが傷に響いたのか、苦痛の声を上げる隼人に、慌てて抵抗を止めれば、後頭部に回っていた手が、あたしの両手を拘束した。騙されたー! 「隼人っ!ダメだよ─っ」 「安静にしてなきゃダメだって言われたじゃん、隼人─」 それと同時に離れた唇が、首筋にうつって、口を開いたあたしは、頭上から聞こえてきた声に驚いて顔を上げた。 「!─十代目…」 それは隼人も同じ様で、あたしから身体を離すと起き上がった。そのせいで乱れた姿をツナさんに曝すことになってしまったあたしは、慌てて服を胸元で押さえて起き上がる。 「愛、仕事だよ」 「え、あっはい!」 「──、」 一発目に叱責が飛んでくると思って身構えていたあたしだったけど。ツナさんは穏やかな声色で、ただそれだけ言うと、あたしの手を引き、ベッドから下ろした。それを少しムスッとしながら見送る隼人が視界の端に入ったけど、これでよかったんだと思う。 「隼人はちゃんと身体休めて風邪治して」 「─はい、」 きっとツナさんは意地悪でそう言ったんじゃない。本当に隼人の身体を心配してるからだろう。じゃなきゃ、こんな優しい言葉をかけるわけがない。 それを隼人も分かってるから素直に頷いたんだよね。 「隼人、また後で来るね」 「ああ─、」 パタンと乾いた音と共に閉まった扉を暫くじっと見ていた俺は、ベッドに寝転がり天井を仰いだ。 さっきは急に、愛に触れたくて堪らなくなって、本能のままにアイツに手を出した。どうかしてるぜ、俺。マジだせー。 「…愛」 さっきまで傍にあった温もりが消え、愛の香だけが残るシーツ。それだけで落ち着く俺もどうかと思うが。今日は、アイツを一日中傍に置きたかった。 熱のせいかもしれねェし、情事が途中で邪魔されたからかもしれねーけど、──もう会えねェような、そんな予感が過ぎった。 妙な胸騒ぎが、収まらねェんだよ。早く帰ってこい、愛。 *** 「あのー、ツナさん」 「…何」 「お、怒ってるんですか?」 「違う。ただのヤキモチ」 「あー、ヤキモチ…えー?!」 隼人の部屋を出てからだんまりだったツナさんと中庭(執務室への近道ね)を突っ切っている途中、彼に恐る恐る声をかければ、ヤキモチを妬いているから機嫌が悪いとのこと。 直球で返ってきた返答に驚いて声を上げたあたしに対し、呆れた様に溜息を零したツナさんは、足を留めて振り返った。 「俺だって、惚れた女が他の男と身体重ねてるの見たら傷つくから」 「ツナさん…」 「隼人も多分、今までそうだったんだと思うけど」 「!──、」 真っ直ぐに向けられた瞳は、あたしの瞳を捉えて離さない。ドキッと心臓が跳ねたのは、ツナさんがあたしを本気で愛していると知ってしまったからだろうか。 それとも貴方が、今までに見たこともない哀しい笑顔を向けたから、なのかな。 「だから、俺は怒ってるんじゃない。──早く仕事終わらせて隼人の看病に戻ってあげよう」 「はい!」 やっぱりツナさんは、温かい人だ。こんなに部下思いの上司はそうそういないと思う。─だからやっぱりあたしは、部下として貴方を支えていきたい。 大きく頷いて返事を返したあたしの頭を撫でて、行こう、と手を差し延べてくれたツナさんの手を取ろうとしたあたしは、微弱だけど感じられる殺気に、伸ばした手でツナさんを突き飛ばした。 瞬間に轟いた銃声。真っ赤に染まった自分の胸元。何発入ったかは分からなかったけど、大丈夫。 ツナさんには当たってない─。 それを確認したあたしは、意識を手放す寸前に、ツナさんの腕の中に抱き留められた。 「愛!」 ごめん隼人──、 直ぐに戻れそうに、ないや。 .... (おい、今の銃声何だ) (中庭から上がったようだね) (!──行くぞ) ─── (!─、(銃声──?) (獄寺、見舞いに来たぜー) (オイ山本、今の銃声何だ) (銃声?あったか?) (─いや、何でもねェ(気のせいか) |