己の信じるままに、プライドよりも愛する心を貫くならば──… ───貫く事 「淋、あたしに隼人を返して」 急に前に進み出たかと思えば、司会からマイクを奪ってそんなことを口走った愛。俺は一瞬、頭が真っ白になって、隣にいた篠宮は叫び散らしていた。 バカだよお前。十代目が目を光らせてるこんなとこで、しかも集まってる連中はお前が十代目の正式な婚約者だって思ってんだぞ?何、浮気宣言してんだよ…。 「この婚約、彼の本心じゃないのは分かってるわ。自分の気持ちに嘘ついて婚約結んで、そんなの誰も幸せになれっこない。──隼人の幸せを奪わないで」 愛のその言葉は俺だけに向けられたもんじゃない。自分に言い聞かせてんだろ?仮にでも十代目と婚約を結んだばっかりに、俺を散々傷つけてきたと思ってんだろーからな。 やっと冷静になってきた俺は、愛に手をあげようとする篠宮の手を掴み、愛の前に庇うように立った。それに余計騒がしくなる会場なんて今の俺には関係ねぇ。 「貴方、私に恥をかかすつもり!」 「……愛、マイク貸せ」 「あ、はい…」 俺が庇い出てくると思わなかったのか、目を見開いて固まっていた愛の手からマイクを抜き取ると、騒がしい連中に向かって頭を下げてから口を開いた。 「俺は、篠宮淋との婚約を結んではいません。お集まりいただいた皆様には大変ご迷惑をおかけしましたが、本日はお開きとさせていただきます」 詳しいことは後日、と付け足した俺に騒がしかった会場は一瞬静まり返ったものの、直ぐに騒がしくなった。だが逆上するものはなく、早々にその場を立ち去ってくれた。 「隼人、どういうつもり」 そして次なる難関が俺の目の前にあった。凄い殺気と威圧感に怯みそうになる自分を保つために、グッと拳を握り真っ直ぐに十代目を見据える。 「俺は十代目を本当に尊敬してました」 「……話、飛んでるんだけど」 「ですが、今の十代目には付いていけません。愛を傷つけて何が楽しいンスか!」 「隼人……」 握り拳が血で滲む前に、あたしが伸ばした手は彼の大きな手に包まれて、ギュッと強く握られた。もう離さないと、そう言われているみたいで応えるようにあたしも握り返した。 「楽しい?それ隼人じゃん」 「どういう意味ですか」 「俺の愛に手出したのはお前だろ!俺言ったよな?仮であろうと何であろうと、愛には手を出すなって!」 ツナさんがここまで怒るのはあたしも初めて見た。それに隼人がツナさんに逆らうのも初めて…。 「こいつは…、初めて俺を普通に扱ってくれた女だった」 「……え?」 「初めて傷の手当てしてくれて、俺のために泣いてくれたっ」 「隼人……」 俯いてる隼人の手が震えてるのが分かった。声も泣きそうで、だけど涙が彼の頬を伝うことはなくて、あたしの手を握る力だけは弱まらなかった。あたしを庇う大きな背中はしっかりとしていて、頼りになって。 「十代目と同じ温かいもん持ってたンスよ!初めはムカつきました。世話焼きで心配性で……けど、愛がいたから俺は──っ」 もう、もういいよ───っ。 あたしはあふれる涙をこぼして、それを見られないように隼人の背中に頭をそっと押し当てる。隼人にばっか、先に好きになって困らせたのはあたしなのに──っ。 「愛を返せよ。俺が先に惚れたから傍に置いたのに!何で、何で隼人なんだよっ」 「──っ」 胸ぐらを掴むツナさんの頬には涙が伝っていて、それはこれまで彼があたしに向けていた想いが本物だと、偽りじゃなかったと物語っていた。 「ツナ、さん……」 「俺はさ、愛をスカウトする前からずっと、好きだったんだよっ…お前が誘拐されたときも、命狙われたときも、怖くてたまんなかった。お前を婚約者の任からおろそうとも考えたんだ」 う、そ────。 ツナさんの真っ直ぐな瞳があたしに向いて、綺麗な涙が彼の頬を伝って、あれだけ彼に抱いていた負の感情も、不思議とスッと消えた。 「……あたし、」 「それでも、命がけで守ってきた俺でもお前を傷つけてたんだよな…」 「あ……」 そうだよ。ツナさんはいつだってあたしを命がけで守ってくれた。誘拐されたときだって要求に応じて一人で乗り込んできて、ボロボロになったのに、第一声が怪我はないかって、あたしを心配するその一言で。 哀しみに揺れるツナさんの瞳から目を逸らせなくなったあたしから先に目を逸らしたのは、他でもないツナさんで。シーンと静まりかえった会場はあたしの胸を締め付ける。 「ごめん隼人、祝福はできそうにないよ。今日はもう解散していいから」 「十代──!」 「だめだよ、隼人……だめ、」 あたしと隼人に背を向けて会場を後にしたツナさんは、あたしに来いとは言わなかった。隼人にも責めるような言葉は言わなかった。 認めていなくても、あたしたちの気持ちはきちんと彼に届いたんだ。今あたしが混乱して、隼人への想いを見失っちゃだめ。ツナさんに同情なんてしちゃだめ。 「好きだよ、あたしは隼人が大好きなんだよっ」 「愛……」 ツナさんに走り寄ろうとした隼人に後ろから抱きついて止めたあたしは、必死に自分の気持ちをぶつける。ここで隼人に拒絶されてもあたしはっ! 「離せ愛」 隼人の腰に回したあたしの腕を無理に解こうとする彼に必死にしがみつくけど、やっぱり男の人の力には適わなくて、簡単にその手は解かれてしまった。 「隼───!」 「俺だってめちゃくちゃ愛してんだよ」 「ふっ、うぇっ」 あたしが待ってと彼の名前を呼び止める前に、顔を上げる前に、あたしの身体は隼人の腕の中にあって、彼の口から紡がれた言葉に堰を切ったように涙が溢れて隼人の服にいくつも染みをつくっていった。 いつもは文句言うくせに、何も言わないで抱きしめていてくれる隼人は、やっぱりあたしの一番だよ。 あたしは隼人を好きなこの気持ち、どんなことがあっても貫き通すから。 .... (ツナ、お前……) (分かってたんだよ、俺だって) (そうか、) (ボンゴレとは手を切る!帰るぞ淋) (お、お父様!) |