月光日和
1.
鉛色の空から大粒の雨が降る。
薄暗くどんよりとした空気の路地裏を松尾芭蕉は歩いていた。
月明かりだけが照らし出す道は人っ子一人もいず雨音だけがする路地裏は不気味な雰囲気を醸し出していた。
雨が降るとは思わなかった芭蕉は帰路を急ぐ。
この路地裏は滅多に人が通る事はないけど自分の家まで行くには近道で最適ルートだ。
早足で歩いていると前方に人影が見えた。 思わず足を止める。
見るからにはまだ背丈が小さい子供だがこの路地裏にいるやつは凶悪な犯罪者かろくでもない人間しかいないのだ。
自分に刃向かうものは例え子供だろうと容赦しない。
自分の腰に下げている刀に手をやり暗闇を睨むように目を凝らすと大分近くに来たのか人影の表情が確認できた。
人影の姿を確認すると芭蕉は目を見張った。
遠い昔、自分のかつてない長い旅に文句を言いながらもついてきてくれた。
現世に転生を受けても追い求めてきた。
芭蕉の記憶よりも幾分か幼い、
弟子…河合曽良の姿がそこにあった。
「曽良…くん?」
芭蕉の声に今まで下を向いて歩いていた曽良は
顔を上げるとそのまん丸な瞳に芭蕉の姿をおさめた。
泥だらけの薄汚れた服に靴下も履いておらず裸足で、その髪は雨のせいで濡れたのか吸収しきれなかった水が頬を伝い地面に落ちている。
心なしか瞳が潤んでいるように見えた。
「そんな格好で…どうしたの?」
曽良が自分の事を覚えているとも分からないのに自然と出た言葉は酷く掠れたように聞こえた。
どこかぼんやりとしている曽良に怪我でもしているのかと心配したと同時に曽良の体が傾いた。
背筋に冷や汗が伝わって足は地面を蹴るように駆け出す。
地面に倒れそうになる体を何とか受け止める。その華奢で軽い体は芭蕉の腕にすっぽりと収まった。
一息つく間もなくぐったりとしている曽良に危機感を覚え曽良を抱き上げるとさっきよりも早く自分の家に急ぐ。
雨足はさっきよりも酷く感じ、春なのに何処か肌寒い気温は容赦なく体温を奪っていく。
これが芭蕉と曽良の出会いであった。
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