小説「寂寥の追憶」
PM2:10
「おーい、裕太。何だよ、さっきからボーッとして。お前らしくない」
そう言いながらぼんやり外を眺めている裕太の目の前で手をひらつかせる。
「・・・・・・」
「ダメだこりゃ。しょうがないな。おい、裕太っ!」
手を一つ叩く。
「!・・・あぁ、何だ加納」
「何だ、じゃねぇよ!今日のお前、何か変だぞ。朝からずっとボケッとして」
「そうか?」
「あぁ、そうだよ。何かあったのか?」
「いや・・・別に何も・・・って、何だよニヤニヤして」
「その顔はホントに何かあったな。何だ、恋か、恋の悩みか?言え、この野郎!」
「いててっ、いてぇって。何でもないって、はなせよ。はなせ!」
「いってぇ!殴るなよ!」
「お前がはなさないからだ!」
「だからって、殴ることないだろ。まったく」
「何だ?もっと殴ってほしいのか?」
「いや、遠慮しとく」
笑い顔を引きつらせながら拳を突き出すと力無く頭を下げ、即答する。そんな加納に思わず笑いが込み上げてくる。笑ったことで少し気持ちが楽になった。加納には感謝かな。
「!」
いきなりポケットに入れておいた携帯が震えだし、びっくりした。コンラッドかな?
「もしもし」
「裕太、・・・――――」
「・・・・・・」
「ん?裕太、どうした?」
「・・・俺、早退するわ」
「は?いきなり何だよ。っておい裕太!」
最後まで聞かずに教室を飛び出す。慌ただしく階段を下りていくと、後ろから彼方と隆の俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくるが、それすら入ってこないほど俺の頭の中は焦りでいっぱいだった。
「失礼します!香坂先生!すいません、朝コンラッドあたりから連絡があったと思いますけど、俺早退します!」
「えぇ、聞いているわ。送っていこうか?」
「大丈夫です、走っていけば10分で着きますから」
早口でそう告げると急いで靴にかえ、全速力で走り出す。
「おい、裕太!どうしたんだよ」
「まさか、翔さんのことか?」
「あぁ、そうだよ!」
「待てよ裕太!俺たちも行く!」
「えぇ!俺も!?」
「隆、急げ!」
とにかく無我夢中で走った。走ることしか考えてなかった。気付いたときには病院に着いていて、俺はまっすぐ兄貴の病室に向かった。
「兄貴!」
病室にはすでに、親父とコンラッドがいた。そして、ベッドに横たわっていた兄貴の顔には、白い布がかぶせてあった。俺は、言葉を失った。
「翔さん?」
「嘘だろ?なー、コンラッドさん」
「さっき、息を引き取った」
俺は兄貴の近くに歩み寄った。とても信じられなかった。
「嘘だろ・・・・・・、だって、約束したじゃないか、ずっと・・・・・・そばにいてくれるって。俺の前から・・・・・・いなくならないって。あの時、・・・・・・そう言って・・・・・・約束してくれたのに、・・・なんで?」
「・・・裕太」
「ふ・・・あぁ・・・うぁー」
泣きたかった。ただ泣いていたかった。そうすれば、なくしたものを取り戻せる気がした。でも、そう簡単にはいかなかった。俺はこの日、一番大切な人を亡くした。
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