邂逅
2
幸せだった日を
屠るようにして
月日は流れていく
国民の期待は、大きい。数年やそこらで国が大きく変わる訳がない。
けれど、国民は期待した。信じて疑わなかった。新たなる王が、この国の腐食を薙ぎ払う事を。現状が改善される事を。
幾度も信じては裏切られその都度王の無能さを罵倒し、その癖新たなる王が立てば、この国が変わるかもしれないと、また性懲りもなく淡い期待を抱く。
国を統べる王さえしっかりしていれば、国が傾く事など無いと盲目的に信じている。
自分で行動する事はせず、結局誰かがこの現状を変えるのを待っている。
王という存在の万能性を信じて疑わぬ民と、全てを変えなければならないと思い、頂かれる王との永遠の綱引き。
王である男の眉間に刻まれた深い皺が、綻ぶ事はない。
手元の書物を捲る手は止まる事を知らず、溜息にも似た声は、誰に届く事も無く、羊皮紙の上を走るペンの音に呑まれていく。
歴史が人を
屠るのではない
人が人を屠り
その軌跡を
歴史と呼ぶのだ
王に必要なのは
絶対的な
武力でも
他を謀る為の
知力でも
民衆を手懐ける為の
人徳でもない
神の愛
唯それだけだ
それがなければ
どんな努力も奔走も
塵に同じ
ウォンス・エバントス著
『旧歴論』より抜粋
――神に見放された男に一体何が出来ようか。
凡そ2ヵ月ぶりに皇子宮(マレイヤ・カイウェル)に現れた憔悴しきった王。
目線を合わせるようにして男は目の前にしゃがみ込み、ルザリアへ単身渡航するようにと告げた。
「すまないね…***…」
自分がなんと呼ばれていたのか、思い出せない。
ただ、しゃがれた声で自分の名を呼ばれる事に、生理的な嫌悪を抱く事しか出来なかった。それだけだ。
青白い顔、眼鏡の下に光る血走った眼、豆の多い筋ばった手。
憐憫を浮かべた表情ですら、奇妙で痛々しくしか見えなかった。
元来、柔和な性格だったと聞いている。それは王になった今も変わらないと。
男はいつも努めて笑みを絶やさぬようにしていた。男は誰に対しても優しかった。
そう、それは息子である自分に対しても。決して慈しみを忘れた男ではなかった。
国の第一皇子が敵国へ単身で赴く事。それは、あの男が最大限に善処した結果なのだろう。
父の姿を見たのは、あの日が最後。自分を捨てた母の姿など記憶に微塵も残っていない。
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