[携帯モード] [URL送信]

Barcarola de Tramonto
7
宿への帰路についた頃には既に日は傾き、空は橙と紫が折り重なった黄昏に変わっていた。

「少し遠出しすぎたか。」

 そうぼやきながら歩いていた。ヴェネチアは水の都と言われるだけあって、かなりの数の運河や橋が存在する。おまけに車がほとんどない。夜闇に沈んでいく街はかなり静かで、聞こえるのは水の流れる音と自分の靴が石畳を叩く音だけ。

 暫く歩いていると、昨日の橋に差し掛かった。昨日眺めたときには朱く染まっていた運河は今は漆黒を映して流れている。ふと、昨日ここで見た人影が無性に気になり出した。
 
 日中はすっかり忘れていたはずなのに、急に思い出してしまった。そうなるとやはり気になるのが性というものなのか、俺は無意識のうちに昨日の人影を探していた。

 根拠はないが、今日もこの辺にいるような気がしたのだ。自分でも随分馬鹿げているとは思う。昨日いたからといって今日もいるとは限らない。そもそも、昨日のそれ自体が自分の見間違いという可能性もある。それでも、何故か探さずにはいられなかったのだ。

 「・・・いるはずもないか。」

 昨日の人影はおろか、道行く人もほとんど見当たらない。フ、と呆れた笑みを零し、踵を返そうとしたときだった。建物の影が揺れた。暗がりで、しかもわずかな動きだったが、確かに影が揺れたのだ。

誰かいる。

 そう直感した俺は直ぐさま追い掛けた。今度こそ、見失わないように注意しながら。
 
 注意深く影を観察しながら、距離を縮めていった。距離がなくなるにつれて、影の様子も段々と詳細なものになっていく。単なる影から、背中があらわになる。頭、横顔、そして・・・。



 そこにいたのは女性だった。だいたい20代後半くらいだろうか。いや、現地の人だったら、もしかしたら20歳前後なのかもしれない。俯いているため、表情まではわからなかったが、なんとなく、泣いているのでは、と思った。そのまま見ているわけにも行かず、かといって、声をかけるのも憚られる気がした。

 どうしたものかと考えあぐねて暫く立ち往生していると、こちらに気がついたのか、彼女が顔をあげた。瞳がかちあう。途端に、ズキリと胸が痛んだ。続いて苦しさがせりあがってくる。

 理由はすぐにわかった。

 似ていたのだ、あいつに。

 暗闇で、面差しまではっきり見たわけでもないが、目の前の女性は、あいつに、トモによく似ていた。




[*前へ][次へ#]

8/35ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!