[携帯モード] [URL送信]

Barcarola de Tramonto
3
目の前の現実を『認識』出来ない程に子供ではない。しかし、この年になっても思う。突き付けられた現実を『理解』出来る程に、自分は成長出来たのだろうかと。
 
 今まで与えられた道を来た。成績優秀、品行方正、世間から見れば立派な大人。努力をしなかったとは言わない、怠けていたとも言わない。
 
 だが、結局の所、それは親や社会、その時々に応じて変化する支配者に従順に振舞う事で、物事の決定に付随する重責から逃れようとした結果でしかないのだろうと思う。

 罅割れた体が抱くこの砂礫のような殺伐とした感情は、自ら思考し行動することから逃避を企てた罪。だからこうして一人、あるかどうかさえ定かではない救いを求めて世界を彷徨うのだろう。

 男の手は無意識の内に内ポケットを探り、シガーを取り出し慣れた手つきで火を付ける。煙の白さが暗闇にやけに眩しい。体に悪い事を知りながらも、止める事など出来ない。
 
 思えば、煙草を吸うようになったのは一体何時からだろうか。見知らぬ場所、日も既に落ち、来た道を戻る事さえ出来ない。夜は美しい。物事の境界を曖昧にさせる月光が男は嫌いではなかった。目映く全てを照らす太陽は、今の自分には眩しすぎるような気がした。

 ふと顔を上げると目の前には闇の中にぼうと浮かび上がるように、小さな扉が一つ。自力では最早戻る事は出来ない。それならば下手な意地など張らず、この扉を叩き、中の住人に道を聞くのが得策ではないだろうか。
 
 火のついた煙草を持ったまま他人の家を訪れるのは無作法だろうか、一瞬そのような事が頭を過ぎったが今付けたばかりの煙草を捨てるのもなんだか勿体無いような気がし、かといって吸い終わってから扉を叩くのも時間が掛かると思い、結局火のついた煙草を携えたまま、見えない何かに導かれるようにして、男はゆっくりと、その扉を叩いた。







[*前へ][次へ#]

4/35ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!