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Barcarola de Tramonto
1
散策を始めてからずいぶん時間が経ったようだ。気がつくと太陽は大分西へ傾き、澄み渡る蒼がいつの間にか焼け付くような朱へと変わっていた。朱はヴェネチアの街を自分の色へと染め上げていく。
 
 桟橋の上で俺は立ち止まった。トレンチコートの内ポケットから煙草を取り出して火を付けた。それをくわえると、欄干に自らの体を預けてぼんやりと川の向こう側を眺めた。
 
 何故俺はこんなところにいるのか。
 
 端的に言えば、一人になりたかったのである。
 
 俺は都内のアパートに暮らしている。駅からそれなりに近く、スーパーも近所にあって、一人暮らしをする分には不自由しない。おまけに職場から数駅ほどの位置にあったため、立地条件的には申し分ない。
 
 俺の職場は所謂大手の外資系だった。周りの空気に流されるまま就活をしていたような気がする。就職が決まったとき、家族や友人は俺を褒めた。羨望の眼差しを向けるやつも数人いた。しかし、俺にとってはそんなことはたいしたことではなかった。就職を決めた理由も、ただ単に立地条件がよかったからだった。
 
 その割には仕事で特に大きなミスを犯したわけでもなく、それなりにうまくやっていた。自慢じゃないが、社内での信頼は厚いほうだったように思う。
 
 端から見れば順風満帆そのものの俺が、何故一人になりたかったのか。何故一人で夕闇のヴェネチアをさ迷っているのか。
 
 強い風が吹き抜けた。煙草の煙が消し飛んだ。いくら地中海の沿岸だとはいえ、秋も暮れとなればやはりそれなりに寒いもので、思わず身震いした。
 
 ふと、川から目を離すと、石造りの建物の影に人影を見つけた。だから別にどうというわけでもない。普段の自分にしてみても物影の人にかまっていく質でもない。しかし、今はどうだろう。気がつくと、その人影を追い掛けていた。



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