不幸を幸福と叫ぶならば こいつは器がでかい。 というよりはハードルが低い。 安アパートでひっそり暮らし、落ちぶれていたあの頃。 暗くて狭い部屋で俺を抱きながら幸せだと言ったお前は本当にいかれてると思った。 テレビで売れて、でかい家でいい女を抱きたいと思うのが普通の理想であって。 こいつは本物の馬鹿だな、と思ったのはそう古い記憶ではない。 「なあ」 「なに」 「お前幸せ?」 「急にどうしたの?」 ネタ作りが止まるとこいつのことを考え出すのはよくあることだ。 顔をあげると間抜け面の春日が前髪をセットしていた。 「そりゃあ、幸せでしょ」 「お前絶対そう答えるね」 無くなりかけているワックスを見て、新しいのぐらい買えよ、とぼんやり思う。 春日はじゃあなんで幸せじゃなんだ、と聞いてきた。俺の答えはNOと決めつけか。まあ間違ってはいないけど。 「…俺もわかんない」 「なにしたって、幸せとは思わないでしょ?」 「…お前はなにしても幸せなんだ」 「そういうことだ」 「…わかんねえ」 「だろうね」 八二に分かれた前髪で言われても説得力はないけど。 話がこれ以上広がりそうもないので、俺は真っ白のページに視線を戻した。 こいつは器がでかい。 というよりはハードルが低い。 暗くて狭い部屋で俺を抱きながら幸せだと言ったお前は本当にいかれてると思った。 そしてそんなお前を好きになった俺はもっといかれていて、もっと馬鹿なんだろうなと思う。 最もそんなことは、死んでも言わない。 不幸を幸福と叫ぶならば (天の邪鬼なおれは幸福すら不幸と叫んでやる) ――――――――――――― 小声より 春日さんの「生まれたときから幸せ」は本当にすごい言葉だと思う お題元:Chien11 ←→ |