公認ストーカー(基礎十) 朝。 今日は珍しく気分が良く起きれた。と思ったのも束の間。 いつも通り原付で学校に着く。 駐輪場を歩いているとわざとらしい咳払いが聞こえてきた。言わずもがな、誰かはわかる。 「あー、ウォッホン!エフン!」 「……聞こえてませんよ」 「あらあらいたのかね若林くん。今日も朝から私の夢を見て来たんだろう?ん?」 「…せめて会話してくれませんかね、校長」 失礼な!と息を荒くしながらお決まりの不安定なトークが始まった。 職員室への道のりもずっと後ろで話し声が止まらない。 自慢なのか自虐なのか作り話なのかもよく解らない校長の話は毎日違うものであるということだけは関心する。 因みに大抵オチに辿り着く前に職員室に着いてしまうので話は全て聞いたことは一度もない。 移動教室。 次は視聴覚室か。 スライド用の資料を持って渡り廊下を歩いていると、背後から気味の悪い笑い声が聞こえてくる。 限りなく無視をしたかったがしつこさに苛ついて振り返ると無駄に爽やかに笑う校長がいた。ボディービルを意識した決めポーズが腹立たしい。 「…なんですか気持ち悪い」 「気持ち悪いことはないだろう」 「気持ち悪ぃよ!後ろで変な笑い声聞こえたら気分悪いんです」 「それ」 「はい?」 「持ってやろうじゃあないか」 脇に抱えていた資料を半ば強引に奪い取るとゆっくりとした足取りで視聴覚室の方向へ歩き始めた。 …まあ、有り難いには有り難い。 ただもう少し普通に登場するということは出来ないのだろうか。 遅めのスピードで進むピンクのベストのあとを、すっかり軽くなった足取りで追い掛けた。 昼休み。 コンビニ弁当を食べ終えると、成績優秀な美人姉妹が授業でわからないことがあるから、と参考書片手に職員室へやって来た。 「この古文訳して欲しいんです」 と言って指を差したのはさすがにハイレベルな応用問題。 問題文をペンで追いながら解説をしていくと次第に姉妹の表情が明るくなっていくのを見て安心する。 ミスをしやすいパターンの例題をいくつか教えると、姉妹は頷いてからありがとうございました、ときれいにユニゾンして頭を下げた。 「またわからないとこあったら聞いてね」 「はい!失礼しました!」 「あ!若林先生!」 「ん?」 「相変わらず校長先生と仲良しですね!」 「……え?」 俺の返事など待たずに ふわりと香りのいいロングヘアを揺らして双子は職員室を出て行った。 姉の一言に首を傾げたところで謎は解けた。肩に確かな重み。 椅子ごと振り返ると思わぬ至近距離に顔があって本当に驚いた。 「……い、つからいたんですか?」 「そうだな、彼女たちよりは前にいたぞ」 「…あ、そうですか」 「さあ行くぞ」 「は?」 「昼に呼び出しかけただろう!校長室で説教だよ君は!」 「はあ?!…いやちょっと離せ!」 結局他の教員たちの視線が痛い中、無理やり校長室に連れていかれる羽目となった。 その後三発ほど手が出たのは言うまでもない。 放課後。 生徒が全員帰ったことを確認してから、窓の鍵を閉めて教室を出る。 廊下から見渡す空は既に夕日がかっていて、綺麗な赤色が目に染みる。 「……きれいですね」 「……………」 「ね、校長」 「…うん」 ひょっこり隣の教室から出てきた校長は珍しくびっくりした顔をしていて、俺はつい笑ってしまった。 なんでわかったんだ、とでも言いたげな校長はなんだか可愛く見えた。こんなオッサンを可愛いとか、本当に恋って参る。 「あんたの考えてることなんて丸分かりですよ」 「…可愛げのないやつめ」 「拒否しないだけいいでしょ?」 伸びた影が重なるくらい近づいてから、誰もいないことを確認した。 ゆっくり重ねられた唇を感じながら、日常となったこの時間を少し楽しみにしていることはこいつには言わないでおこう、と改めて思った。 公認ストーカー (これもまた愛) ――――――――――――― 春日よりも校長の方が変態度が高い気がします お題元:確かに恋だった ←→ |