わかっていたのに虜になった なかなかに気難しい人間だ。 人に心を開かないことで有名なこの春日がそう思うのだ。 人見知り、という、まあ最近でこそ浸透はしてきたものの、人と群れたがらない性分である。 さらに言えば打ち解けたからと言って油断は出来ない。本人も自負している通り、二周も三周も捻くれているうえに天邪鬼というなんとも厄介な性格の持ち主で、扱い方をひとつ間違えれば距離はぐっと遠退いてしまう。 ここまで聞けばよく彼と付き合ってきたものだ、と思うかもしれないが、一変、彼は一度波長が合えば驚くほどに心を許すのだ。 その気の許し方というのがまたなかなかに傲慢で、本来持つS気質を存分に振りかざす、という一部の人間にはたまらないもの(まあ春日はその一部の人間だった訳ですが)。 思い返してみると、彼は本当に面倒な男だ。 自ら関わりを持とうとする人間はよほどの変り者か前述の一部の人間なだけだとお思いだろう。 しかし、 昔からこの天邪鬼な性格とは裏腹の、可愛らしい顔立ち、声質、さらには中肉中背の体と白い肌。 自覚をしてかしていないのか、先輩やお偉いさんに時折見せる外面(いわゆるところ、かわいこぶりっこと言うんですか)の力はここ最近やたらと発揮しまくっている。 明らかに彼を可愛がる先輩やスタッフを見ていると、騙されるんじゃねえ!と叫びたくなるこちらの気持ちも考えて欲しい。 …まあ、そんなことはとうの昔から解ってはいたのだけど。 今日の仕事が全て終わり、楽屋で着替えていると先に支度を終えていた若林が部屋に入るなり言ってきた。 「今日のネタ打ちやめよ」 「え?なんで、そっちがやりたいって」 「あー今日矢部さんに誘われてて」 「…ああそう」 「あ、ちょっとごめん、……あ、はい、宮迫さんですか?お疲れさまです」 「…!………」 「あー、明日、はい、大丈夫です、…え、嫌じゃないですよ!はい、はい…」 終始けらけら笑いながらの会話は結局五分程度続き、おきまりの挨拶をして携帯を閉じる音がした。 ……いつの間に連絡先を交換したんだ? というか、連日先輩と飲みに行くってなにが人見知り芸人だコラ! ゆっくり振り返ってみると上機嫌でメールを打っていた。 はあ、随分と社交的になったものですねあなた。 嫌みのひとつでも落として帰ろうかと思ったが、余計気が沈みそうだったので荷物を持って早々帰ることにした。 何も言わずに楽屋を出ようとした俺に、あ、春日、とやっとこちらを向いた。 「…何?」 ちょっと不機嫌を表わにしすぎたか、我ながら冷たい返事をしてしまったと思う。 「あのさ、」 「…はい」 「明後日は、ちゃんとネタ合わせしような」 あけとくから、とにっこり。 この笑顔は上機嫌のときにしか出ない表情だ。 複雑な心境のまま、小さく頷いてから楽屋を飛び出した。 ずるいよなあ、 あんな顔されちゃ何も言えない。 今日もまた、心配と嫉妬心と格闘する夜になるのは間違いないだろう。 こんなことは中学生のとき、あの席で振り向いたあの瞬間から始まっていたのだというのに。 わかっていたのに虜になった (俺のどストライクに来るお前が悪いんだ!) ――――――――――――― 先輩芸人の名前は適当です 嫉妬する春日が好きだ^^ お題元:確かに恋だった ←→ |