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硝子に罅が入る時刻。
※暴力流血表現があります※


 いやーほんと何でこんなことになってんのかねー誰か教えてくんないかしらー?

 え? 庶民なんだから掃除するのは当然だって?

 そりゃ小学生の時から掃除の時間はあったし、汚いより綺麗な方が気分いいですけどねえ…。

 色々思うことはあれど、とりあえず奥にいる男たちにも届くように大きな声でご挨拶。

 ジャージ姿でモップ(ただの棒だが)を持ってるんだから、掃除屋と名乗っても差し支えないだろう。

 むしろそのまんまか?

 掃き出すのはただのゴミじゃなくて、人間の皮を被った獣ですけど。

 生ゴミの日にも出せやしない。





神様は悪戯に夜を照らし 17





「――っ、!!」

 一瞬で間合いを詰めて、最初と同じように鳩尾と背中に一発ずつ。

 オチた男を足で玄関側に転がすと、俺はリビングに足を踏み入れた。

 左側に向けて大きくなっているこの部屋は、間取りが正反対であることを除けば俺と高杉が使っている部屋と同じで、備え付けの家具も同じ。

 違うのは、中央に置かれていただろうテーブルとソファーが壁際に押しやられ、ぽっかりと不自然な空間が出来ていることだろうか。

 ざっと視線を走らせた後、闖入者である俺を凝視している男たちに目を落とす。

 はい、乱入ではありません。闖入です。

 女王様の時のように扉を蹴破って乱暴に押し入ったわけではないので。ここ間違えないように。

「な゛っ‥?!」

「だっ、誰だ!?」

「何だテメェ!!?」

 三人の男がそれぞれ喚く。

 だから掃除屋だってば。さっき言ったじゃん。ボランティアで掃除しに来たんですよ、庶民ですから。

 聞こえただろ? …え? 聞こえなかった?

 それじゃあ、特別にもう一回だけ言ってやるよ。

「そーじや、でっ、すっ、よっ!」

 言葉にスタッカートをつけながら、リズム良く手前側にいた二人を同時に沈める。

 立ち上がった直後に床とこんにちは。拳を出すことも出来ないとは情けない…と蔑みの目で見下ろしてしまうが。

 押し倒された格好のまま震えて動けないでいる足音さんに被害がないようにオトすのなんて、朝飯前、当然の気遣いだ。

 これぞフェミニスト。

 根本的なところで意味が違っても、気にしない気にしなーい。

 だってもう月曜だもん。本来なら寝てる時間だもん。

 気にしたら負けだ。色々と。

「て、め‥っ、!!」

 さて、最後の一人。

 三人を一気にオトさなかったのには理由がある。

 俺は棒の先を眉間に突きつけることで何か言いたそうな男の言動を制した。

 立ち上がられると厄介だから、床から腰を上げることは許さない。

「出せよ」

「…っ?」

「さっさと出せ」

「っ、なんのこ――」

「とぼけんな。この人を脅してここに呼び出したネタがあんだろ」

「「ッ?!!」」

 十パーセントくらいは違うかもしれないと思っていたが、男だけでなく足音さんもハッと息を呑んだから、俺の推測は間違ってなかったんだろう。

 寝てない所為か変な方向にテンションが上がって、あまり有難くない面で頭が冴えている気がする。

 まあ、足音さんが絶望的な雰囲気を漂わせながらも一人で来たことを考えれば、何かで脅されて仕方なく…ってことしか思いつかなかっただけなんだけど。

 テンションが変に上がってる、ってのは確かにそうだと思う。

 こう、無理矢理なスッキリ感と言うか、強引なクリア感と言うか。

 アドレナリン出まくりの交感神経バリバリ優位、って感じで御座います。

「全部出して下さい。バックアップがあるならそれも。今すぐ」

「……、…」

 抑揚を無くして睨み付けると、僅かに男の視線が動いた気がした。

 テレビの下にあるローボードの引き出しに向かって。…そこか。

「っわ、わかった」

「そうですか。俺も器物損壊は避けたいので助かります」

「…なんて言うと思っ――!!?」

「ったら大間違い、ですよねえ?」

 引き出しに左手を伸ばすと見せかけて右手で棒を鷲掴んだ男の勝ち誇ったような顔が、一瞬で醜く歪む。

( つまらない )

 眼鏡がなくてもよく見えて当然だ。

 二十センチも離れていない近さで見下ろしているんだから。

 男はいきなり棒を引き寄せられた俺がバランスを崩して無様に倒れる姿を想像していたんだろうが、生憎俺はそんなにお優しくない。

 勝算がないから棒を持ってきたとでも思ったのか?

 馬鹿だな。お前らに触るのを最小限に抑える為だよ。

( つまらない )

 男の行動を予測していた俺はその力を借りて前進すると横にした棒で喉元を押さえ付け、これから踏み潰しますよと言わんばかりに股間の上に足をのせた。

 ローボードの角に勢いよくぶつかった背骨が不穏な音をあげたようだが、そんなのは知ったこっちゃない。

 テレビが壁掛けでよかったね、置いてたら壊れてたよ、って感想が出てくるくらいだ。

「ぐ、ぅっ…!?」

「あれ、もしかしてどこか痛いんですか? 違いますよね? 卑怯な手で一人を輪姦しようとしていた獣が、苦痛を訴えるはずありませんもんね…?」

「ャ、やめッ…!!」

 俺を見上げる目が恐怖に染まる。

( 弱すぎて、話にならない )

 やめて欲しいなら最初からやらなきゃいいのにな。やめろと言うだけでやめて貰えるとでも思ってるんだろうか。

 有り得ないだろ。

 アンタたちが先にそうしたのに。この状況を作った原因はアンタたちなのに。

( 喧嘩は、殴り合いは、)

 自分だけ逃れようなんて虫がよすぎる。

「生理的に俺だって嫌だっつーの」

 俺の右足が凶器になると思って血の気を引かせていた男の無防備な腹に思い切り拳を叩き込む。

 単純な怒りだけでなく、苛立ちや不満も込めてしまったのは、まあ……ご愛嬌ということで。

( 命のやり取りは、もっと―― )

 だめだ、ちがう、そうじゃない、ストップ!

 寝不足のせいでよからぬ方へ流れ始めた思考を頭を振って追い払う。

「っ、…ぅ、‥‥」

 オチた男を棒と一緒に床に転がして立ち上がると、今まで驚いて止めていたらしい息と一緒に零れ落ちた嗚咽が俺の鼓膜を刺激した。





NEXTCHAP




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