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硝子に罅が入る時刻。




「―――…レッドカーペット……エレベーター降りたらレッドカーペット……」

 派手じゃないのに高級感溢れるメイン校舎の内装にも充分驚かされたが、まさか理事長室がある階にレッドカーペットが敷かれているとは。

 どこまでお金を使えば気が済むんですかいね?

 普通のタイルでいいじゃん。掃除も簡単だし。

 あ、お坊ったま方は掃除なんてしたことないしする必要もないからそういう面での便利さは考えなくていいのか。納得。





神様は悪戯に賽子を振り 03





「失礼します」

 焦げ茶とも黒とも言えない重厚な扉。

 ノックの後に許可の返事を貰った俺は、静かに理事長室の把手(トッテ)を引いた。

 廊下とは違う雰囲気と空気に何様俺様理事長室様とかわけのわからないことを思いながら、閉めた扉の前で一礼する。

「おはようございます。高田月夜(タカタツキヤ)です」

 手前から順に、ソファー・ローテーブル・ソファー・机・椅子。

 一番奥にある立派な椅子に座っているのは、つい先日まで一般人の中で暮らしていた俺には縁のないような存在感を放つ中年の男性だ。

 中年って言うと脂ギッシュで下っ腹が出てきてそろそろ生え際が気になる…なんてことを想像してしまうが、それらを意味する「中年」という言葉が恐ろしく似合わない。

 相応しい表現は「紳士」だろう。

 四十間近という年齢を知らなければ、二十代の新鋭でも通用しそうな気がする。

 兎にも角にも、大物俳優のように絶対恰好良く年を重ねるタイプの人間だ。

「おはよう。初めまして、と言うべきかな。私は理事長の鳳翔優司(ホウショウユウジ)だ」

 外見を裏切らない声が響いて、静かに絨毯に吸い込まれていく。

 穏かなのに隙がないのは、幼い頃からこの世界で生きてきたからなんだろうなあとか、行動から感じるべきことを声で呑気に感じてみたり。

 本当、何もかもが違う。

 立ったままでいると、理事長が椅子から机の前のソファーに移動し、手でその向かい側を勧めてきたので、素直にそれに従うことにした。

「失礼します」

 小さく頭を下げて腰を下ろす。

 その瞬間、俺はうおっ!、と叫びそうになった。

 なんだ、この見た目を裏切るふかふか感は!?

 革だから硬いって思ってたわけじゃないけど、理事長の身体は普通に沈んだように見えたし、柔らかさより高級感を重視したような見た目でこの感触は反則だ。

 思わず身体が傾いてしまったじゃないか!

 ピンと張っている緊張がうっかり解けそうになったじゃないか!

 内心で叫びつつも、表情は引き締めたままで理事長と顔を合わせる。

「昨日は寝る暇もなかっただろう? 大人の事情に巻き込んでしまってすまなかったね」

「いえ、理事長に謝って頂く理由はありません。俺も父も、鳳翔家の方々に感謝しています」

 座ったままありがとうございますと頭を下げれば、理事長の苦笑が響いた。

「随分落ち着いているんだね。もっと動揺したりすると思っていたんだが」

「辛いのも大変なのも、俺ではなく父ですから」

 突然過ぎる編入だけど、親の庇護下にある未成年者があたふたしたところで、事態はプラスの方向に動かない。

 マイナスの方向に転がっていくだけだ。

 脳内処理が追いつかなくて動揺する暇がなかったとも言うが、親父の苦労を知れば文句を言ったり騒いだりすることなんて出来なかった。

 それに俺は親父に物凄く感謝してるし、この世で一番親父を尊敬してる。

 俺がこの学園に編入することであの時の恩を返せるなら、生活環境が変わることぐらい、何でもない。

「……月夜くんは、中学で生徒会の役員をしていたんだっけ?」

「はい。副会長をやらせて頂きました」

 いきなり何だ、と思いつつも、記憶にないことじゃないので返事をする。

 正確には、副会長を『やらされていました』なんだが、務めたことにかわりはない。

 いつの間にか立候補者として名前が挙がっていて知らなかったのは本人だけ、なんて漫画みたいな展開だったけど、原稿用紙四枚分の演説内容を考えて演説したのもその結果うっかり当選しちゃったのも、間違いなくこの俺だ。

 「いいっすよー」と面白半分で承諾したことでも選ばれたからには適当なことが出来るはずもなくて、副会長として会長をサポートした日々は、今では結構いい思い出になっている。

 視線を逸らさない俺に、何故か理事長は感心したように何度も頷いていた。

 意味がわからない。

「…それが何か…?」

「ああ、いや…月夜くんは人の前に立つのが得意そうだなと思ってね。凛としているから」

「……ありがとうございます」

 褒められているのかどうなのかよくわからないが、理事長が俺におべっかを使う必要はないだろうと、一応お礼を言っておく。

 というか、何でこんな世間話的雰囲気になってるんだ?

 こんなことを話す為に早い時間に呼んだわけじゃないだろうに。

 頭と一緒に下げた目線を上げると理事長も本来の目的を思い出したのか、仕切り直すように腕を組み替えてから口を開いた。

「三十分には出ないと式に間に合わないから、それまでに話しを済ませよう。…ああ、そうだ。最初に制服を着てみてもらえるかな?」

「…空飛学園のですか?」

 今俺が着てる学ランは高一の終わりまで通ってて明日からも通う予定だった高校のだから――ここはエスカレータで入学式と始業式を一緒にやるから俺のとこより一日早い――どこのって訊くまでもなく、空飛学園の制服しかないんだろうけど。

 編入が決まったのは昨日の夜中なのに、月夜くんのサイズで作ってあるんだみたいな感じで言われたら、思わず聞き返したくなるってもんだ。

 親父からここの制服がS・M・Lとかのレディーメードじゃなくてオーダーメードだって聞いてたし。

「勿論」

 すーげー、金持ちってすーげー、むしろ金の力ってすーげー。

 そんな間の抜けたフレーズが頭の中に流れている俺に理事長はにこりと微笑み、いつの間にか傍にいた秘書みたいな人によって、俺の眼前には制服が入っているであろう大きな箱が置かれた。

 ……スリーサイズをどこから入手したかなんて訊かない。

 この一着を仕上げるのにどれだけの人間が血眼で夜鍋するハメになったのかなんて、訊かないですよ。

「どこか合わなかったら言ってね」

「はい」

 制服一式を手に持った俺は学ランにさよならしてブレザーに着替えるべく、案内された応接室のような部屋の扉を閉めた。





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