「――――それで、月夜くんの編入するクラスは二年F組。防犯も兼ねて複雑な造りになってるからパンフレットを見ただけじゃわからないかもしれないけど、式が終わった後のクラスの流れに乗って行けば教室まで着けるからね」 「迷わないように気をつけます」 教室に辿り着くまでに迷う可能性があるってどんだけ面倒な造りになってるんですか。 と思いつつも、庶民の突っ込みはするだけ無駄そうだからやめておいた。 神様は悪戯に賽子を振り 04 「一応、これで必要な説明は一通り済んだけど、月夜くんから何か質問はある?」 真新しい制服に身を包み――勿論サイズはバッチリだった――先程と同じようにソファーに座って理事長の説明を聞くこと約二十分。 前半というか中盤というか後半というか、俺に直接関係する(寮の部屋番号及びIDカードの使い方等)重要なこと以外はまともに聞いていなかったから、実際俺が耳を傾けていた時間は半分の十分にも満たないんだろうけど、これで理事長からの話は終わったらしい。 何でも訊いてねという穏かな表情を浮かべる目の前の男性に向かって、襟を正した俺は真っ向からぶつかってみた。 「今になって俺を引き取ることにした理由は何でしょうか。勿論、『優紀子の子供として面倒をみたい』という曖昧なお返事は望みません」 そもそも、昨日までは極々普通のパンピーだった俺が、何故こんな場違いも甚だしい場所(学校)及び部屋(公立には有り得ない理事長室)に居るのかと言うと、「え、ドラマ?」と思わず疑うか腹を抱えて笑いたくなるような、ある意味出来すぎた展開の所為だった。 あれから半日も経っていないとはいえ、回想して説明すると面倒なことになりそう(と言うかこんがらかりそう)だから親父との会話はオールカットでものごっつ簡単に表したいと思う。 一週間程前に蒸発した親友の代わりに連帯保証人として親父が返済をしなければならなくなった。 当然手持ちの現金で完済出来るはずがないのでマンションを売らなければならなくなった。 それでも足りない上に唯一の肉親である息子(俺)の授業料も払うことが出来なくなった。 そんな身動きの取れない状況に陥った時、親父と母さんが結婚する時に縁を切った母方の実家――ものっそ金持ちらしい――から俺を渡せば足りない分と親父が住む場所を都合してくれるという渡りに船(とは言い難い)の申し出があった。 ……とまあ、こんな感じで、一生を通してゆっくり経験すればいいようなことを――まさに「事実は小説よりも奇なり」だ――俺は十六の若さで経験することになったのである。 それでも俺がやつれていないのは上記のことを聞かされたのが昨日で、経過を全く知らなかったからだ。 親父が幼稚園来の親友に裏切られたことも、我が家から金というものが一切無くなることも、全部。 親父は顔に出やすい方だから、聞かされた時には驚いた。 俺の身に突然降りかかってきたアンビリーバヴルな現実より、毎日顔を合わせている俺に何も覚らせなかったことの方が、正直、俺にとっては驚きだったように思う。 ちっとも気付かずに春休みを満喫していた俺は愚か者以外の何者でもないけど、最初から最後までをまともに体験していれば、少なくとも五キロは体重が落ちていただろう。 そして、着込むことによってそれを誤魔化していたに違いない。親父と同じように。 「――…っ、ははは!」 礼儀も何もあったもんじゃない俺の言動に目を丸くしたかと思ったら、何故か理事長はめちゃんこ可笑しそうにというか嬉しそうにというか。 とにかく、からかうでも馬鹿にするでもない、少年のような笑い声を上げた。 一体俺の何にウケたんだろうか。 見下したように哂われるなら分かるけど、普通に笑われるなんてわけが分からない。 つい先程までこの部屋を埋め尽くしていた形式張った堅苦しい空気なんて、一瞬でキレイさっぱり。最初から無かったみたいに消滅だ。 俺的予想『伯父と甥の昼ドラ的ドロドロのご対面!』は何処へ行った。 いや、親族としてではなく、「理事長」と「生徒」として言葉を交わした最初の時点でこれは期待(?)できないなと思ったけども。 「……………」 そんなに俺は訝しげな表情を作っていたのだろうか、未だに顔を歪めている理事長は紳士らしい仕草で口許を隠しつつ、「いや、すまないね。君があまりにも妹に――優紀子に似ているものだから、びっくりして…」と。 いやいや、俺としてはビックリしたからって笑う貴方にビックリなんですが。 あれですか、極度の緊張状態に陥ると馬鹿みたいに笑い出すっていう人体の不思議みたいなヤツですか。 なんて思いつつも、流石に初対面でそんな失礼な突っ込みを入れるつもりはないので、喉まで上がってきた言葉は素早く嚥下する。 「月夜くん。君が優紀子を勘当した『鳳翔家』に対して、あまり良い感情を持てないのは良く分かるよ。当然だ。だけど私達は君を部外者として扱う気はないし、邪険にする気もない」 …それが理事長の本心なのか、『鳳翔家』の本心なのか。そんなことはどうでもいい。 俺は別に使用人のような扱いを受けても構わないし、勘当された娘の子供なのにとか、鳳翔家の人間に陰口を叩かれても構わない。 ただ、俺を引き取ることにした理由を知りたいだけだ。 第一、母さんが勘当されてたなんてことは、逆シンデレラストーリー(と言ってもいいと思う)を聞かされるまでちっとも知らなかったんだから、良いも悪いもない。 強いて言うなら「関係ない」だ。 親父がホームレスにならずにすんだことに関しては、鳳翔家に感謝しないこともないけど(最初の感謝なんて当然社交辞令だ)。 「高田さんに伝えた理由は嘘じゃないよ。私たち鳳翔家は本当に『優紀子の子供として面倒をみたい』と思っている。ただ、……」 「ただ、何ですか」 喋りながらしっかりと俺に目線を合わせてきた理事長の顔を、不躾なまでに真っ直ぐ見つめ返す。 ここで目を逸らしたり続きを待つだけの態度を見せたら、このまま終わるか誤魔化されるだろうと直感したからだ。 「…っ、やっぱ可愛いなぁ!! 月夜くん!」 「は!?」 ――が、どうやら俺は選択を間違ったらしい。 「ちょっと下がった目尻もパッチリ二重も優紀子そっくり! 激カワ!! ラブ!!」 「ちょッ、何…って言うか余計なお世話だっ!」 人が気にしてることをよくもはっきりと…!! どうせ俺はアホみたいな顔した垂れ目だよ!! これでも目尻引っぱってハンドメード(自然整形しようと)してんだよ!! 前髪上げて黙ってたら「どっかのおぜうさまに見える」とか言われる程善人の印象を与える垂れ目ですが何か文句でも!!? つか、今絞め殺さんばかりの勢いで俺を抱きしめてる人は誰ですか。 激カワ? ラブ? 頭の悪そうな言葉を使ってる男は誰ですか。 ああ理事長ですかそうですかこの学校も終わりですね。 「放せっつーの!!」 相手は理事長様なんだから敬語を使わなきゃ! なんて言う真っ白なかーいらしい天使様は、生憎俺の中にはいない。 つかこの状況で使う気になれるヤツがいたら凄い。俺は尊敬するぞ。 いや、気にしている顔立ちについて言われたから使う気になれないのかもしれないが。 兎に角放せ。どうでもいいから放せ。解放しろ。 誰が化けの皮を剥がせと言った。 NEXT * CHAP |