失念してたわけじゃない。 ただ、忙しすぎて考える暇がなかっただけだ。 「只今の時刻、午前五時四十二分……約束の時間まで一時間よーんじゅーうはっぷーん……」 殆どの学生が寝ているであろうこの時間に、校舎が開いてるわけがない。 神様は悪戯に賽子を振り 02 「初っ端から躓きまくりだろ…」 魔の桜並木をクリアしたばっかだってのに、今度は自分の短慮故に問題発生ですか!? いやいや、早く着きすぎたのは俺じゃなくて親父の所為だ。 初めて車で行く場所だし高速がどれだけ混んでるかわからない、とか何とか言って、家を出たのは丁度零時を回った頃。 幸い高速で渋滞にはまることもなく、ナビのお蔭で一般道におりてから学園までの道に迷うこともなく、実にスムースに目的地へ辿り着くことが出来た。 そんで、親父は着くと同時に俺をおろし、さっさとユーターン。 別れを惜しめば離れがたくなるってわかってたから、俺も余計なことは何も言わずに黙って小さくなっていく車を見送ったけど。 「こんなことならサービスエリアでもっと時間潰せばよかった。ってか、もっと早くに時計見ろよ俺」 頭の中がぐちゃぐちゃのごちゃごちゃになってたから、ロクに思考が働かなかったのは仕方ないっちゃあ仕方ないんだが。 今日は始業式だと聞いてるから――その所為で非常識な時間に家を出るハメになった――部活動も朝練なんてやってないだろう。 ということはつまり、式の準備に教師やら生徒会やらが動き出すまで各校舎の鍵は開かない…ってことだよなあ。 理事長室に七時三十分に行くように言われてるから、それ以前には確実に開くんだろうけど。 ……とりあえず、どっかで時間潰すか。 「つっても、どこで時間潰すんだよ」 街におりれば二十四時間営業の店があるだろうけど、バス停まで歩く気力はないし、約束の時間までに戻って来るには急がなきゃならないような気がする。 ただでさえ寝不足で疲れてるのに、そんな馬鹿らしいことはしたくない。 いっそ寮にでも突撃かますか? 寮なら正面玄関の鍵も開いてるだろうし。 でも俺の荷物は今頃宅配業者の車の中だろうからなー。意味ないよな。 それにこんな朝早い時間に管理人とか同室者?を起こすのは可哀相…ってか、金持ち坊ったまだから怒りそうだし。 「あ゛ー、憂鬱すぎる」 俺は元々金持ちが好きじゃない。 親父は一応高給取りだから一般家庭に比べたら小金持ちって言えるのかもしれないけど、家や車を買う時に借金をせずに済んだっていう程度のことで、うふふ今日はフォアグラよーとかうふふ今日はキャビアよーとか、金銭感覚がズレるような贅沢はしたことがない庶民だ。 だから建てたばかりです!っていう感じの廃れてない豪華過ぎる校舎とか、毎日人を雇っているように思える手入れの行き届いた草花とか、入場料金を払わなければならない公園ですかって言いたくなるような噴水のある中庭とか。 訊かなくてもわかる。言われなくてもわかる。 絶対、金銭感覚や価値観があわない。 っつか、合うはずがないし、合ったら逆に恐ろしい。 勿論、ドラマや小説に出てくる嫌味な金持ちのイメージをそのまま受け取ってるわけじゃないが、小学生時代にも中学生時代にも社長の息子ってのがいて、ソイツが素晴らしく最悪な人間だったから、俺の中で金持ちというのは少なからず性格がひん曲がってるという認識だ。 愛情の代わりに金銭を与えられて育ったっていうんなら、頭のネジがこぞって旅に出てても仕方ないんだろうけど。 まあ、結局は本人次第だよな。 中流家庭で育った庶民にも優しい奴と冷酷な奴がいるように、上流家庭で育ったお貴族様にも色んな奴がいるのが当たり前だ。 馴染むつもりはこれっぽっちもありゃしないが。 「でも……、ベンチくらいは庶民的なものを使って下さい?」 入場料金をとられそうな中庭にあるベンチを見下ろしつつ、独り呟いてみる。 お坊ったまと仲良くするつもりはないが、これから二年間生活するんだから違いすぎる価値観を受け入れる努力はしなきゃならないと思う。 思うんだよ。卒業した後に庶民に戻っても困らない程度に上手く適応しよう、って。 でもさ、こう、いかにも高級木材を使用しました、っていうか、家具屋に置いてもアンティークとして全く違和感がないっていうか。 このベンチ一つで市営の公園にあるベンチがいくつ買えるんだろう?とか思わされちゃったら、適応する努力をしよう、なんて思えなくなるんですけど。 中庭の小物――ベンチって小物だよな?美術館の敷地内にありそうな芸術的な噴水に比べたら小物だよな!?――にさえお金をかけられる程、お貴族様が通われる私立校にはお金が集まってくるんですかそうですか。 俺、場違いもいいとこだよ、ほんと。 「頭使ったら余計眠くなってきた………」 もう、いいや。考えるだけ無駄。 どうせ場違いとか思っても、今のところ俺の運命は他人の手に握られてるんだから、ダチと一緒に入った公立校には戻れない。 携帯のアラームを七時にセットした俺は、ベンチに寝転ぶと背凭れ側に顔を向けて目を閉じた。 NEXT * CHAP |