イクチヨモ、カナシキヒトヲ。 「ねえ、聞いたっ?」 「聞いた聞いたっ!」 透き通るような白い肌。 「「ジャックがボコられたって話!!」」 キラキラ輝くブロンドの髪。 「鼻と頬の骨折って、」 「青紫色に腫れ上がって、」 学生とは思えない豊満な身体。 「「ちょーダサイ顔なんだってね!!」」 いい気味! ざまーみろよ! 教科書やノートを胸に抱え、二人の美女が笑いながら廊下を駆けて来る。 「あっ、カナちゃん先生! 今日もカッコイイ!」 「素敵! 惚れちゃうっ!」 「はいはい、褒めても点数上げないからな。遅刻するなよー」 「「うっわ、ヤバッ! 急げ!!」」 「……そういう反応は年相応なんだよな」 日本を離れてから、既に四年が経過していた。 「えーと、…………あれ、ない?」 三月の半ば。 日本ならまだ上着が手放せない時季だが、アメリカでは春物のコートも必要ない。 いや、アメリカは広いから地域によって随分気候が異なるんだけど、俺の生活圏はもう半袖で出歩く人がいるくらいの気温だ。 ころころ天気が変わる日本とは違い、アメリカの空は今日も青く晴れている。 こんな日は外でのんびり昼寝でもしたい気分になるが、働く身でそんな贅沢は言っていられない。 馬鹿広い構内にあるカフェテリアでいつもと同じ飲み物を買い、目立たない隅の席に腰を下ろした俺は、持っていた鞄を漁り……首を傾げた。 あるはずのものがない。 鞄を逆さまにして真っ白な円形テーブルの上に中身をドサドサと落としてみる。 「っかしいな、ココに入れたはず――――」 「カナ」 「‥、ディック」 金髪碧眼の美青年。 空になった鞄を持ったまま変な恰好で顔を上げると、テーブルの前にディックが立っていた。 「何してるんだ?」 「いや、それは俺の台詞だから。何で超多忙な院生様がココにいんの?」 「カナが見えたからに決まってるだろ?」 「…あー、はいはい」 何度目になるかわからないお決まりの台詞にぞんざいな返事をしつつ、ぶちまけた中身を一つずつ確認していく。 酷いな、とかいう呟きが聞こえたが、当然無視だ。 ちっとも傷ついていない証拠に、ディックは傍のテーブルから勝手に椅子を拝借して俺の前に座っている。 「――カナ」 「んー?」 「お前だろ?」 確信めいた声色に再び顔を上げると、色気タップリの微笑みを浮かべるディックと目が合う。 ディックもアキと同様に、同じ人間であることを疑いたくなる程の美形だ。 見るからに男だとわかるアキとは違って、どこか中性的というか、繊細さを感じるけれど、男なら嫉妬と羨望の眼差しを向けたくなる、色男。 しつこく言い寄られて男にうんざりしている美女だって、きっとディックにはメロメロになるだろう。 実際、学生なのかOLなのかセレブなのかよくわからないグラマーな美女に言い寄られている場面を見たのは一度だけじゃない。 「……って、何勝手に人のエスプレッソ飲んでんだよ。自分で買って来い」 取り返そうとカップに伸ばした俺の手を、ディックが慌てた様子もなく包み込む。 「カナのだから飲みたくなったんだよ」 「…………」 「、イタっ」 靡く可能性など皆無だとわかっているくせに事ある毎に熱い視線を向けてくる美青年の手の甲を、俺はにっこり笑いながら抓ってやった。 NEXT * CHAP |