イクチヨモ、カナシキヒトヲ。 「それじゃあ、十二時に食堂で」 不満顔の卯月、笑顔の大塚先生。 正反対の表情を浮かべる二人と昼食の約束をしてドアを閉める。 今は十時半を少し回ったところだから、一時間はゆっくりできるだろう。 入寮に必要な荷物を運んだわけでもなければ問題児相手に授業をしたわけでもないが、ちょっと力を抜いて休みたい。 ―――なんで、 上着を手前のソファーに放り投げ、ネクタイを緩めながら冷蔵庫を開ける。 綺麗に並んだペットボトルの中からストレートティーを選んでソファーに深く沈むと、天井に埋め込まれた電球が目に映った。 …そう言えば、電気つけてなかったな。 レースのカーテン越しに差し込む太陽光で十分明るいから、このままでいいか。 ぐるりと首を動かして視線を一周させる。 部屋の間取りや備え付けの家具は、生徒寮の部屋と殆ど変わらない。 外観と同様に教師寮の方が若干グレードが低いが、不自由に感じたり不便に思うことはないだろう。 ひと一人が暮らすには十分過ぎるほどだ。 ―――こんなところに、 しかし、卯月と大塚先生の組み合わせは中々面白いな。 昼食の時間を決めたさっきだって、 「十一時半に部活が終わるので、十二時にしてもらってもいいですか?」 って大塚先生が言った瞬間、 「十一時半にしましょう。食堂は十一時半に開くんですから」 って被せる勢いで卯月が言って、 「そんな〜…。せめて十一時四十五分にして下さい! 片付け終わらせてダッシュで行きますから!」 って大塚先生が眉をハの字にして頼んだら、 「無理しなくていいんですよ、大塚先生。カナさんのことは俺に任せて、顧問としての務めをしっかり果たして下さい」 って卯月が超作り笑顔で却下して……。 見ていて楽しかったな、あれは。 本人たちは楽しくも何ともなかっただろうけど。 小一時間鑑賞しても飽きない気がする。 「……………」 渇いた喉を紅茶で潤し、ソファーから立ち上がる。 邪魔なカーテンを引いて窓を開けると、視界に入るのは青い空と白い雲。 そこから視線を下げれば校門脇に立っている桜の木が見え、更に視線を下げれば…。 教師寮の花壇脇に立っている、棕櫚の木が見える。 「本当‥‥、何でこんなところにあるんだろうな」 最高に嬉しくない組み合わせだ。 すぐ横に植えられてるわけじゃないから、組み合わせと言うのはおかしいのかもしれないけれど。 ―――こんなところで、出合うなんて。 「…“アンタ”を見るのは、十五年ぶりか?」 見たいとも、見たくないとも。 特に思ったことはないけれど。 久美子さんの中ではきっと後者の方が強いんだろう。 俺に見せたくないと思ったこともあるのかもしれない。 特別な理由をつけて入寮させない方がいいと考えたこともあるのかもしれない。 それでも伐らずにいる久美子さんの気持ちは、何となくわかる。 あの場所にも、多分、まだあるから。 「“アンタ”は誰を思い出すんだろうな……」 どうでもいいことを呟いて、ひと眠りする為にソファーへ戻った。 NEXT * CHAP |