イクチヨモ、カナシキヒトヲ。 「チカ、どこへも行かないって言って」 ごめん。嘘はもう言えない。 この街を離れることは決定事項なんだ。 明日からは一日中部屋に閉じこもって、『チカ』になることも『カナ』になることもしない。 「おれはチカが好きだから、チカを傷つけたくない」 ありがとう。俺もユイが好きだよ。 アキの為に俺の首を絞める非情なところとか、射殺さんばかりの眼に哀しみを浮かべる弱いところとか。 全部、好きだよ。 「チカにそばにいて欲しい…っ」 ユイだけでなく、アキのこともハジメのことも、俺はちゃんと好きだ。 相変らず執着は出来ていないけれど、「好き」という感情は確かに持ってる。 でも、だからこそ、 「ユイ。さよならだ」 これ以上は一緒にいられない。 「――――、っ!!?」 華奢な見た目からは想像もつかない力を持つユイの腕を一瞬で引き剥がし、驚く隙も与えずに背後をとる。 「今までありがとう」 「ッ…ち、か……」 手加減なしの手刀を首に入れると、ユイは最後に俺の名前を呟いて気を失った。 ごめん。ごめん、ユイ。 本当にありがとう。 ……目が覚めた時には、俺がいる記憶の全てを忘れていればいいのにな。 「ハジメ、出て来いよ。いるんだろ?」 小さなユイを抱きかかえながら少し大きな声を出す。 おおよその見当をつけて一箇所を見つめていると、数秒後、傍にある螺旋階段の陰から一人の少年が落ちてきた。 「盗み聞きはよくないぞ」 「―――やっぱり、行くんですか」 小さく笑う俺に、少年と表現するには少々育ち過ぎているハジメは、これまた少年と表現するには少々冷静過ぎる声色で、そう言った。 「…ああ」 ハジメは医者か学者を思わせる見た目通り、随分と聡い。 お互いにはっきりと言葉にしたことはないが、本当の意味で俺が普通の人間じゃないということに気付いたのは、恐らくこいつだけだろう。 だからアキが俺を口説く度にアキのいないところで俺に助言のような忠告をして、付き合うことになった時には本気で心配しつつも応援してくれた。 若しハジメの忠告が自分勝手な敵意に満ちたものだったなら、俺はこいつらに対する興味を一瞬で無くし、さっさと姿を消していたと思う。 だけど夜の街で『steel』だと恐れられるこいつらは残酷で非情なくせに、見ているこっちが暖かい気持ちになるほど仲間思いで…――。 何度「大切にしたい」と思ったか知れない。 何度「この感情が続けばいいのに」と思ったか知れない。 ――――それでも。 「行くよ。もう、」 興 味 が 失 せ た か ら 「…………」 薄く笑いながら喉の奥に飲み込んだ言葉を理解したのか、俺を真っ直ぐに見つめるハジメの眉間の皺が深くなる。 何度か人差し指でその皺を無理矢理解したことがあるけれど、多分、もう二度とすることはないだろう。 「『steel』のみんなによろしくな」 NEXT * CHAP |