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禽が憩う場所。03

イクチヨモ、カナシキヒトヲ。


「カナ先生は405号室ですから、壮麗の“牡丹”ですよね? 俺、カナ先生を見て、ピッタリの部屋だなって思ったんですよ!」
「‥え? 壮麗の“牡丹”、って何ですか?」

 もうじき三階分の階段を上り切る、という時に笑顔で投げかけられた言葉に、俺は首を傾げた。

 笑顔で、と言っていることからわかるように、大塚先生は既に復活している。
 過ぎたことで落ち込んでいても意味がないと考えたのか(見るからにそういう性格だ)、復活という表現を使うべきなのか迷う程あっさりと回復し、にこやかに一階を案内してくれた。
 途中、卯月が何となく不機嫌そうなのは自分の口から俺に説明したかったからなのかもしれない、と思ったが、卯月とはこれからいつでも話せるし、大塚先生の好意を無駄にするのは申し訳ないので、黙っておいた。

 ちなみに、生徒寮と繋がっている一階と二階部分にある食堂に関しては、どうせ昼食時に利用するんだからという理由で後回しになった。
 勿論、俺がここの卒業生であるということも大きい。

 まあ、そんなわけで一階から四階まで階段を使って上って来たわけだが、いきなりピッタリだと言われても意味がわからない。

「あれ? 羽野さんから聞いてないですか? 職員寮の部屋には花言葉を基に、花の名前がついてるんですよ」
「そうなんですか?」

 そんな洒落たことは初耳だ。
 久美子さんからだって聞いてない。

「! あのッ、」
「あー、ごめん卯月。寮のことはパンフレットを読めばいいと思って関係ないこと訊いたりしたから、説明しようにも出来なかったんだよな」
「いえっ、そんな、カナさんの所為じゃありません。大塚先生がいきなり入って来なければ、きちんと説明してました」
「え゛っ、‥すみません……」
「大塚先生、そんな顔しないで下さい。誰も怒ってなんかいないんですから。な、卯月?」
「、はい…」

 あんまり大塚先生をつつくなよ、という目で返事を求めれば、卯月は一瞬悪戯が見つかった子供のような顔をした後、静かに頷いた。
 …あれ、何か保育所もしくは幼稚園の先生になった気分なんだけど。
 みんなと仲良く出来るわよね、みたいな。
 ●●ちゃんにも優しく出来るわよね、みたいな。
 年齢が大塚先生>卯月>俺なのは生年月日の記入ミスですか?

 そんなことを考えながら鍵を取り出すと、大塚先生が、あ、それですよ、と言った。

「?」
「そのプレートに牡丹の花が描かれてるんです」

 え、嘘。全然気付かなかった。
 て言うか全然見てなかった。

 卯月から受け取ってそのまますぐポケットに入れちゃったもんな、とクリスタルのキーホルダーを持ち上げてみると、確かに楕円のプレートには見事な牡丹が彫られていた。

「…綺麗だな……」
「細かい所まで凄く丁寧に出来てますよね。全部職人さんの手作りらしいんですけど、俺には無理だなって、見るたびに思います」

 凄いですよね、と感心しながら言う大塚先生に、俺もです、と心の中でこっそり同意する。
 専門的な知識を身につけるならまだしも、執着心に欠けた俺に専門的な技術を身につけることなど出来るはずがない。
 情熱、熱意ありきの職人だ。

「大塚先生の部屋は何の花なんですか?」
「光輝の“向日葵”です。カナ先生の隣の404号室なんですよ」
「“向日葵”ですか‥。溌溂とした大塚先生にはピッタリの花ですね」
「えっ、そうですか? 生徒たちには子供っぽいからピッタリじゃん、って言われるんですけど…」

 何か照れますね、と頬をかく大塚先生に、壮麗の“牡丹”がピッタリだと言われた俺は照れを通り越して恐縮ですよ、と笑う。

「寮内でも校内でもお世話になると思いますが、よろしくお願いします」
「こちらこそっ、よろしく願いしますっ!」

 俺の差し出した片手を、両手でしっかりと握る大塚先生。
 まるで支援者と立候補者のような握手だな、と思いながら視線をずらせば、少しばかり蚊帳の外に置かれていた卯月が眉間に皺を寄せて大塚先生の手を睨んでいた。

 わかりやすいな、卯月。





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