イクチヨモ、カナシキヒトヲ。 「…そうですか。理解のある部長で良かったですね」 「本当、しっかりした部長で助かってます!」 嫌味な微笑みと嫌味な台詞を向けられたにも関わらず、少し照れたように笑う大塚先生。 職員室で自己紹介をした時に物凄く嬉しそうというか、楽しそうな笑顔を浮かべていたから、明るい人なんだろうなとは思っていたが…。 そうか、鈍感なのか、この人。見たまんまだな。 「じゃあカナ先生、行きましょうか!」 「はい」 笑顔に促されて立ち上がると、何故か卯月が驚いたようなショックを受けたような顔をした。 …え、や、なんだ。 そんな目で見られる覚えはないんだが。 今のやりとりのどこに表情を変える要素があったんだ? お前の中の俺は、手を差し出されないと動こうとしない、箸より重たいものなんて持てるか馬鹿野郎!、なお坊っちゃまか? つーか、意外とコロコロ変わる表情に俺の方がびっくりですよ。 「‥卯月? 来ないのか?」 「っ、行きます!」 ちょっと待ってて下さい、と言った卯月は忍者のような素早さでホールに面する窓を閉めて鍵を下ろし、カーテンを引き、壁にかかっていた外出中の札を手に取り。 「お待たせしました。行きましょう、カナさん」 そんなに急がなくてもいいぞ、と言うタイミングを逃した(むしろなかった)俺の前に風のように戻って来た。 …三秒なんて待った内に入らないと思うんだけどな。 一瞬、飼い主にフリスビーで遊んでもらってる犬に見えたことは黙っておこう。 と言うか、カナさんって、さりげなく大塚先生は除外か卯月。 本人は気にしてないどころか気付いてすらいないから無意味だと思うぞ。 「カナ先生と羽野さんは、以前からのお知り合いなんですか?」 「…以前からのって言うか、昔の知り合いですね。さっき再会したばかりなんですよ」 「えっ、そうだったんですか?! 何年ぶりなんです?」 「ええと……」 何年だっけか? 頭の中で数えていると、左側にいる卯月が先に答えた。 「八年ぶりです」 「‥だ、そうです」 「ええっ?! は、八年ぶりですか?! そんなに長い間会ってないのに、よく覚えてましたね…」 「お互い、印象が強かったんですよ」 「大塚先生の記憶力と一緒にしないで下さい」 おーい卯月くん、それは失礼だろう。 貶された本人が凄いですね〜凄いですね〜って感心してるから咎めないけど。 大塚先生、貴方の鈍感っぷりの方が凄いですよ。 「八年前って言うと…カナ先生は中学二年生で、羽野さんは高校一年生‥ですよね? 学校が別になったから会わなくなったんですか?」 「いや、中学も一緒じゃないんですよ」 「えっ、じゃあ家は近所だけど学区が違ったってことですか?」 「‥家も学校も近所じゃないけど、行動範囲の一部が重なってた、ってことですかね」 俺が卯月をナンパしたんですよ。 冗談めかしてそう言うと、大塚先生は子供のように目をキラキラさせた。 「何て声をかけたんですかっ??」 「大塚先生なら何て言います?」 「ぇええっ、お、俺ですか!? 俺は、ええと、その、そういうことは苦手なので…」 「俺も得意なわけじゃありませんよ?」 「あぁあすみませんっ! そういう意味で言ったんじゃなくてっ、」 「冗談ですよ」 「!」 慌てて弁明する大塚先生に微笑み、こう言ったんです、と囁く。 「貴方が抱きしめている猫の為に、この傘を使って頂けないでしょうか」 ――ってのは、勿論嘘だけど。 俺と卯月の出会いを知らない大塚先生にそんなことがわかるはずもなく。 「かっ、…」 「カナさんっ! だから無闇に、」 「かっこいい…!! カナ先生、かっこいいです! 最高ですっ! そんな風に声をかけられたら、誰だってドキッ!、としますよね!! ナンパされたなんて思いませんよね! ね!! 羽野さんっ!」 卯月の言葉を遮って叫ぶように感情を吐露し、無謀にも卯月に同意を求めた。 「ね!、じゃありませんよ、大塚先生。馬鹿ですか。冗談に決まってるでしょう」 「え……っ、今の嘘なんですか!? カナ先生っ??」 「すみません。大塚先生の反応が面白くて、つい」 「…そうですか…嘘ですか……」 卯月が猫を抱いてて俺が傘を差してたのは本当ですよ、と言ってみたが、棒線を背負い込む勢いで沈んでいる大塚先生の耳には入っていないようだった。 NEXT * CHAP |