イクチヨモ、カナシキヒトヲ。 それ…、それ……。それって何だ? 自分の手や服を見回してわからないと首を傾げた俺に、卯月は頬を染めたまま咎めるような口調で言う。 「色気ですよ、色気。無闇に垂れ流さないで下さい」 いや…、前にも言ったじゃないですか、って言われてもなあ…。 「垂れ流してるつもりはないんだが?」 「カナさんにそのつもりながくても、垂れ流されてるんです」 …まあ、否定はしない。 ディックにも言われたことがあるからな。 「カナはふとした瞬間に漂う色気が尋常じゃないんだよ。殺人的」と。 尋常じゃないのはお前の表現方法で、殺人的なのはお前の女の振り方だ、って言い返してやったけど。 「自分じゃわからないんだから気をつけようがないだろ?」 「だから、少しは自覚して下さいって言ってるんです。俺の身体が持ちません」 ……本当、この子は一体どこでこんな可愛らしさを拾ってきたんだろうか。 教職員名簿によると卯月の方が二歳年上らしいが、これは成人男性が持ってていい可愛さじゃないと思う。 普通は大人になればなる程消えていくはずなのに、何で年とった分だけ進化してるんだ。 まあ、以前は単純な興味しか抱けなかった卯月が興味深くなっていたことは、嬉しい発見と言えるけど。 「それに、ここは全寮制の男子校です。成績優秀でも頭は空っぽって奴が大勢います。カナさんの更に増した色気に中てられたら、後先考えずに襲ってきますよ」 恨めしげな表情から真剣なそれにすっと変わる。 僅かに刻まれた眉間の皺が示すのは、自分を襲った者たちに対する嫌悪だろうか。 「卯月、やっぱり襲われた経験有りなんだな」 「! ……」 「忠告はありがたく受け取っておくけど、俺の心配はしなくていい。勿論、生徒の心配も。自分の安全だけ考えとけ」 「そっ、‥そんなに襲われません。生徒の心配もしてません」 「ああ、厳密に言えば生徒の心配じゃなくて、相手を病院送りにし兼ねない俺と、その責任を問われる久美子さんの心配か」 昔の卯月は見るからに一匹狼だったが、実はサムライ気質なのかもしれない。 受けた恩は一生忘れない、っていう。 だから襲ってきた相手にふざけんなと思っても暴言なんて吐けないし、暴力でしりぞけるという手段も選べないんだろう。 ディック父のお陰ですぐに就職先が決まった俺は、彼のことを欠片も考えずにジャックのオアソビを邪魔したけど。 「卯月、殊勝な心がけは程ほどにしておけ。死人さえ出さなけりゃ久美子さんは許してくれる」 「、死人って……」 「俺の勝手な見解だから、多分、だけどな」 要は久美子さんに気を遣いすぎるな、ってことだ。と、俺が軽い口調で言った瞬間。 「羽野さん! カナ先生いますかっ!?」 ノックもなしに管理人室のドアが開かれた。 「あっ、いた! 良かったー!」 ソファーに座る俺たちを見て喜んでいる男に、上半身を捻って振り返った卯月が冷ややかな言葉を投げつける。 「…大塚(オオツカ)先生、ノックをして下さいと何回言えばわかるんですか」 「あっ、すみません、つい…。でも良かった、間に合って。カナ先生、寮内は俺が案内しますよ!」 にこにこにこにこ。 純粋な笑みを浮かべて近付いて来た大塚先生に俺が返事をするよりも早く、卯月が再び冷ややかな言葉を投げつけた。 「部活はどうしたんですか。バレー部は午前練のはずでしょう」 「大丈夫です。ちゃんと部長に任せてきましたから! バッチリですよ!」 いや、それは胸を張って言うことじゃないだろ。顧問なら。 NEXT * CHAP |