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紅茶に溶ける銀の花。04

イクチヨモ、カナシキヒトヲ。


「お久しぶりこどす〜」

 これ以上ないくらいに目を見開いて固まっている卯月の前でひらひらと手をふり、気の抜けた挨拶をしてみる。
 おーい、帰って来ーい。

「! かっ、カナさ、…っ、何でここに!? どうして…っ」

 どこかに意識を飛ばしていた卯月は数回瞬きをして俺に焦点を合わせると、最初の機械のような無表情が嘘であったかのように慌てだした。

「え、なん、ほ、ほんとに、カナさん、」
「くっ…、‥‥」

 長い銀髪を靡かせていた過去の卯月とは重ならない反応に、思わず笑い声が漏れる。
 クールな外見の割りに子供っぽいところがあるなとは思っていたが、不安と期待が綯い交ぜになった、こんなにも無防備で幼い表情を向けられたことは無かった。
 もうすぐお母さんが来るからね、と言われた、迷子センターの椅子にちょこんと座っている幼稚園児みたいだ。
 咄嗟に手で口許を覆ったが肩が震えれば誤魔化しようも無く、俺が笑っていることに気付いた卯月はハッと動きを止めると、恥じるように咳払いをしてから頭を下げた。

「…すみません」
「いや、俺もごめん。なんか卯月可愛くて」
「!? ‥可愛いなんて言わないで下さい」

 まあ、確かに卯月は『可愛い』より『美人』だけど、それは顔立ちだけの話だ。
 仕種や表情に対してどう思うかには顔の造作なんて関係ない。

「可愛くなったなあと思って」

 管理人室のドアを開けてどうぞ、と中へ促す卯月の顔を見ながらそう言うと、卯月は僅かに顔を歪めて目を逸らした。

「…同じことです。からかわないで下さい」

 『可愛い』を『可愛く』に変えただけじゃやっぱ駄目か。
 からかったつもりはないんだけど。

 しかし、よく俺のことを覚えてたよなあ…。
 あの頃あの辺りで夜遊びしていた奴なら大抵記憶に残ってるだろうし、唯一『jumbleのカナ』の顔を知っていた卯月なら尚更そうなんだろうけど、正直、名前を呼んだだけで思い出してもらえるとは思ってなかった。
 と言うか、髪の色も背格好も違う今の姿でカナだとわかるとは思ってなかった。

 外見が変わっているのはお互いに言えることだが、もしあの頃の写真があって見比べることが可能なら、十人中十人が卯月には面影が有ると言い、俺は別人に見えると言うだろう。
 まったく、異国の血ってやつは恐ろしい。


「カナさんは最初から知ってたんですか?」
「んー?」

 コーヒーを啜りつつ職員寮のパンフレットに落としていた視線を、正面のソファーに座る美青年に向ける。

「俺がここで管理人をしてること。理事長から聞いて知ってたんですか?」
「あー…、聞いたと言うか、見たと言うか。でも、知ってたわけじゃないぜ? 教職員名簿の一覧表もらって見覚えのある名前があるなー、とは思ってたけど、全員一行紹介で顔写真なんてなかったし」
「え、じゃあ何ですぐに俺だって…」

 わかったんですか?、と心底不思議そうに見つめてくる卯月。
 俺はその焦茶色の双眸を見つめ返しながら首を傾げた。

「雰囲気? 確証は何にもなかったけど、顔見た瞬間に『あ、卯月だ』って思ったんだよ」
「‥、……忘れられてると思ってました」
「…俺、そんなに薄情な奴だったか?」

 胸を張って薄情な人間じゃないと言うつもりはこれっぽっちもないが、卯月との思い出と言えばくだらない話しをしたことくらいだ。
 一緒に計画を練って罪を犯したことも、暴走族のチームを潰したこともない。
 勿論、襲われたり喧嘩を売られたりした時は卯月がいようがいまいが病院送りにしてやったが…。
 薄情な面も冷酷な面も卯月の前ではあんまり見せてないと思うんだけどな。
 野良猫を庇う姿に興味を持って傍にいることを選んだから、割と優しく接してたし。

 いや待て、重要なのは回数よりインパクトか?
 それなら…まあ…うん。思い当たる節が…。

「あ、や、違います、そうじゃなくて…。カナさん、突然消えてしまったから、何て言うか‥‥、全部がカナさんの中ではなかったことになってるんじゃないかって、」
「なってねえよ」
「!」

 なかったことになんてなってない。

「卯月に『カナ』って答えた時のことも、他の連中に『jumbleのカナ』って名乗るようになった理由も、全部。忘れてないし、覚えてる」
「カナさん…」
「悪い、何か一言くらい言うべきだったよな」
「いえっ、そんな……、すみません。鬱陶しいこと言って…」
「いや、別に鬱陶しくはないけど…、」

 そこで言葉を濁すように区切った俺に、卯月の不安げな眼差しが注がれる。
 …いや、うん、だから、ね。

「卯月くんが可愛すぎてどうしようかなあ、と」
「、は?」

 昔もツンデレっぽくて可愛かったけど、今は庇護欲をそそられる可愛さを感じると言うか、抱きしめられても頭を撫でられても文句は言えないと思う。
 なんか無性に可愛い。

 そう言うと、雪兎のように白い卯月の頬が淡い桃色に染まった。

「……っ、! カナさん、それ、やめて下さい!」
「‥それ??」





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